ライフ

呉智英氏 吉本隆明の「大衆の原像」の理解に一週間かかった

「戦後最大の思想家」と呼ばれる巨星・吉本隆明氏が3月16日に亡くなった。評論家の呉智英氏(65)が「吉本隆明」について振り返る。

 * * *
 戦後の思想家でベスト3とかベスト5を選べと言われたら、客観評価として私は吉本隆明を入れるだろう。
 
 全共闘世代の学生、左翼思想傾向の知識人に、確かに大きな影響力があったからである。だが、私は吉本に影響を受けていない。むしろ懐疑的であった。
 
 先日の死去に際し、多くの論者が、大衆の視点という言葉で吉本を語った。吉本の言う「大衆の原像」を踏まえたものである。これは「大衆の真の姿」という意味の造語であるが、当の大衆に「大衆の原像」という言葉が分かるだろうか。
 
 四十数年前、大学生だった私はこの言葉を理解するのに一週間ほどかかった。
 
 もっとも、大衆の原像を組み込まない政治は駄目だという見解は、その通りだと思った。全共闘にしろ、その前の全学連にしろ、「目覚めた大衆」しか考えていなかった。だが、実際、大衆は別に「目覚め」てはいなかったのである。
 
 しかし、そうなると、大衆の原像を最も確実に組み込んでいるのは、吉本が敵対したはずの自民党であり、アメリカだということになる。北朝鮮政府も、大衆は脅迫と瞞着に弱いということを熟知しており、見事に大衆の原像を組みこんでいるのではないか。
 
 ははあ、吉本は「俺だけが真の大衆を知っている」と言いたいのだなと気付いた。これはキリスト教と同じである。神を組みこまない人生は駄目だ。そして、真の神とは何かを我々だけが知っている、という神学である。大衆を模索していた学生や左翼的知識人がこの神学に飛びついたのである。
 
 吉本の「大衆の原像」が完全に破綻したのはオウム事件の時だった。「麻原彰晃を高く評価する」という珍論を発表し、大衆を唖然とさせた。吉本の「大衆の原像」は「大衆の幻像」だったのである。この頃から、吉本の本は学生たちにも(もちろん大衆にも)全く売れなくなった。ただ、全共闘時代に吉本愛読者だった言論人だけが、吉本の新刊を褒めちぎった。
 
 ああ、吉本隆明はこの人たちの「共同幻想」なんだなと、私は妙に納得した。

※週刊ポスト2012年4月6日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

米倉涼子の“バタバタ”が年を越しそうだ
《米倉涼子の自宅マンションにメディア集結の“真相”》恋人ダンサーの教室には「取材お断り」の張り紙が…捜査関係者は「年が明けてもバタバタ」との見立て
NEWSポストセブン
地雷系メイクの小原容疑者(店舗ホームページより。現在は削除済み)
「家もなく待機所で寝泊まり」「かけ持ちで朝から晩まで…」赤ちゃんの遺体を冷蔵庫に遺棄、“地雷系メイクの嬢”だった小原麗容疑者の素顔
NEWSポストセブン
渡邊渚さん
(撮影/松田忠雄)
「スカートが短いから痴漢してOKなんておかしい」 渡邊渚さんが「加害者が守られがちな痴漢事件」について思うこと
NEWSポストセブン
平沼翔太外野手、森咲智美(時事通信フォト/Instagramより)
《プロ野球選手の夫が突然在阪球団に移籍》沈黙する妻で元グラドル・森咲智美の意外な反応「そんなに急に…」
NEWSポストセブン
死体遺棄・損壊の容疑がかかっている小原麗容疑者(店舗ホームページより。現在は削除済み)
「人形かと思ったら赤ちゃんだった」地雷系メイクの“嬢” 小原麗容疑者が乳児遺体を切断し冷凍庫へ…6か月以上も犯行がバレなかったわけ 《錦糸町・乳児遺棄事件》
NEWSポストセブン
11月27日、映画『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を鑑賞した愛子さま(時事通信フォト)
愛子さま「公務で使った年季が入ったバッグ」は雅子さまの“おさがり”か これまでも母娘でアクセサリーや小物を共有
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)は被害者夫の高羽悟さんに思いを寄せていたとみられる(左:共同通信)
【名古屋主婦殺害】被害者の夫は「安福容疑者の親友」に想いを寄せていた…親友が語った胸中「どうしてこんなことになったのって」
NEWSポストセブン
高市早苗・首相はどんな“野望”を抱き、何をやろうとしているのか(時事通信フォト)
《高市首相は2026年に何をやるつもりなのか?》「スパイ防止法」「国旗毀損罪」「日本版CIA創設法案」…予想されるタカ派法案の提出、狙うは保守勢力による政権基盤強化か
週刊ポスト
62歳の誕生日を迎えられた皇后雅子さま(2025年12月3日、写真/宮内庁提供)
《累計閲覧数は12億回超え》国民の注目の的となっている宮内庁インスタグラム 「いいね」ランキング上位には天皇ご一家の「タケノコ掘り」「海水浴」 
女性セブン
米女優のミラーナ・ヴァイントルーブ(38)
《倫理性を問う声》「額が高いほど色気が増します」LA大規模山火事への50万ドル寄付を集めた米・女優(38)、“セクシー写真”と引き換えに…手法に賛否集まる
NEWSポストセブン
ネックレスを着けた大谷がハワイの不動産関係者の投稿に(共同通信)
《ハワイでネックレスを合わせて》大谷翔平の“垢抜け”は「真美子さんとの出会い」以降に…オフシーズンに目撃された「さりげないオシャレ」
NEWSポストセブン
中居正広氏の近況は(時事通信フォト)
《再スタート準備》中居正広氏が進める「違約金返済」、今も売却せず所有し続ける「亡き父にプレゼントしたマンション」…長兄は直撃に言葉少な
NEWSポストセブン