豊かな自然に恵まれた日本では、海の幸、山の幸を凝らした世界一の食文化が育まれてきた。寿司、和牛、日本米など、海外で高く評価される料理・食材は多い。しかし、その日本の食卓が危機に瀕している。鮮魚が食べられなくなり、味噌や豆腐が食卓から消える日がやってくるかもしれない。その背後には、アメリカの政治的意図や中国の拡張、そして“内なる敵”の存在がある。
7月1日から牛の生レバー販売が全面禁止となった。その経緯から見えるのは役所を蝕む「事なかれ主義」だ。
きっかけは昨年、焼肉チェーン店でユッケを食べた客5人が腸管出血性大腸炎で亡くなった事件だった。厚労省が生食用牛肉の提供基準の厳格化に動いたところ、調査で食肉処理後の牛の肝臓から腸管出血性大腸菌(O157)が見つかり、ユッケでなくレバ刺しが禁止されてしまった。
大腸菌が胆管を経て肝臓に入り込むため、ユッケのように表面を削いでも菌を取り除けないというのだが、レバ刺しによる死亡例は1998年以降、一件もない。直近の統計での食中毒件数でも、生ガキやきのこ類より少ないのだ。
それでも厚労省は「牛レバーから菌を取り除く手段が確立していない」と禁止を強行。だが、薬事・食品衛生審議会での議論は結論ありきのものにしか見えない。
審議会に参考人として出席した東京大学「食の安全研究センター」の関崎勉・教授は、胆管を食肉処理中にひもで縛り、O157などの肝臓への流入を防ぐ実験結果を報告したが、実験に与えられた時間は1か月のみ。関崎氏は「そもそも私は生レバーは危険なので食べないほうがいいという立場」と前置きした上でこう憤った。
「生レバーが食べ物として広く世間に認知されている以上、危険性を国民に丁寧に訴えるのが国の取るべき対応のはず。禁止して以降も、焼きレバーを装って生レバーを提供する“脱法行為”が横行し、そこではこれまでのような手間をかけた丁寧な処理・提供ができていないと聞く。つまり、レバ刺し禁止以降のほうが危険性は高まったのです」
規制を厳しくした結果、消費者が危険に晒される摩訶不思議な状況だが、「役人の事なかれ主義」と考えればわかりやすい。食中毒が起きた時、「きちんと規制していた。違反した者が悪い」というエクスキューズが欲しいのだ。
食の安全と豊かな食文化を両立させようなどと、この国の役人は微塵も考えていない。
※SAPIO2012年9月19日号