ゴルフ界の歴史上には幾多に上る名勝負、名シーンが残されている。中央大学を経て1989年にゴルフプロとして渡米し、各国の試合に参戦。2000年にゴルフ解説者になるも、2007年に復帰し、2008年からテレビ・ラジオで活躍中のタケ小山氏は、1996年マスターズにおける死闘についてこう語る。
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この試合は「ニック・ファルドが3度目のマスターズ優勝を果たした」というより、「グレッグ・ノーマンがまたメジャー優勝を逃した」として、ファンの記憶に刻まれている大会です。
1980年代から1990年代にかけ世界ランク1位を守り続けたノーマンは、全英オープンで2回優勝し、アメリカPGAツアーでは18回の優勝で永久シード権を獲得しました。ところが、この世界最強のゴルファーも4大メジャーで勝ったのは前述の全英オープンだけ。アメリカ本土開催のメジャーでは、この大会も含めて2位が8回と、競り負けが多かった。
ノーマンがマスターズ初制覇に最も近づいたのがこの試合でした。初日にコースレコードをマークし、2位のファルドに6打差をつけての単独首位で最終日を迎えた。ついに世界ランク1位のノーマンがマスターズチャンピオンになる日が来たと誰もが思いました。
ところが、バックナインに入って雲行きが怪しくなってくる。11番でボギーを叩くと、12番では痛恨の池ポチャでダブルボギー。同じホールでファルドがバーディを奪い、一気に逆転されてしまうのです。
あと6ホールを残しながら、13番のティグラウンド脇のブロック塀に座り込んでうなだれるノーマンの姿は、とても直視できるものではありませんでした。この時点でノーマンには再逆転を狙う気力がなくなっていたのかもしれません。その後、16番でも池に落として、最終日は78と大崩れ。ファルドに5打差をつけられての大逆転負けを喫しました。
ちなみに翌年のマスターズでディフェンディング・チャンピオンのファルドは、プロ宣言したばかりのタイガー・ウッズと予選2日間を同組でラウンドしたが、ウッズの勢いに飲まれ、何と予選落ち(ウッズは21歳3か月の最年少優勝)。ファルドはマスターズでの天国と地獄を味わうことになりました。
※週刊ポスト2012年10月12日号