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ホンダ F1の匠を軽自動車へ投入後に9年ぶりシェア20%超復活

 1983年から1992年まで通算69勝。ホンダのF1エンジンは圧倒的な強さを見せつけた。1981年の入社以来、F1エンジンの開発に携わっていた浅木泰昭の歴史はその後も栄光に包まれてきた。

 1994年にはミニバンブームの火付け役となった「オデッセイ」で会社の業績を回復させ、「アコード」の北米仕様車では全米での売り上げトップを常に争う人気車種に仕立てあげた。その「エンジンの匠」浅木に軽自動車開発の白羽の矢がたった。軽のことは何もわからなかっただけに、驚天動地の人事だった。

 当時、ホンダの軽自動車の販売台数は4位に転落。「軽事業縮小」も考慮されたほど追い詰められていた。「匠」の投入は「最後の賭け」だった。

 この日から浅木の全国行脚が始まった。F1時代はF1ドライバーの声に真摯に耳を傾け、アメリカでは現地のユーザーの声を地道に拾い集めた。軽自動車開発でも浅木流は変わらない。

「軽自動車については正直ほとんど知識がなかったんですが、エンジニアの視点からは、当社の軽自動車はなかなか良いんです。それでも売れないのはなぜか。その答えを見つけるため全国を回りました」

 浅木は軽自動車の福祉車両も展示されていた国際福祉機器展の会場にも足を運んだ。訪れる客の中にメジャーを持ち、軽自動車の大きさを確認しながら熱心に説明員の話に耳を傾ける人がいた。その人物が肩を落としながらこういったのが浅木の“気付き”になった。

「クルマのデザインや性能よりもまず、今使っている車いすがちゃんと乗せられるのかが気になる。残念ながら、ホンダにはそれに見合うクルマはない」

 展示終了後、スタッフの前で浅木は激高した。

「ホンダはいつからお客様のことを考えないクルマ作りをするようになったんだ!」

 その顔はまさに鬼の形相だったという。浅木は新規軽自動車の開発テーマに、

「どのような車いすも無理なく入れることができる、広いキャビンを持った車種も追加投入する」

 と掲げた。車いすの出し入れをスムーズにするには、地上高を低くし、スペースを高く広くする必要があった。だが、軽には全長3.48メートル、全幅1.48メートル、全高2メートルと大きさに制限が設けられている。「軽では無理です」というスタッフの声も無理からぬことだった。浅木の檄が飛んだ。

「“ダメだ、無理だ”といわれると逆に燃え上がる。制限があるから技術で逆転できるんだ」

 浅木は反対意見を持つスタッフとじっくりと話し合った。通常の車体には、後部に燃料タンクがあり、そのため車高を下げることは困難だったが、スタッフの一人の提案が状況を変えた。

「『センタータンクレイアウト』は、どうでしょうか」

 浅木はハッとして、「それだ!」と叫んだ。通常後方にある燃料タンクを前席の床下に設置することで後部のスペースを確保する方式だ。『フィット』用に開発した技術だが、これを『N BOX』に応用しようというのだ。

「『持てる技術は惜しみなく使え』。本田宗一郎が生前、よく口にした言葉です。私たちはそれを実践したまで」

 このシステムのおかげで車両後部の高さは二輪駆動車で220ミリに抑えられた。ぐっと低くなり、さらに開口部最大1060ミリ。ほとんどの車いすがらくに乗り入れできる。

 車いすの乗降がスムーズということは、自転車やバイクなどの乗降も容易だ。当初の狙い通りレジャーへの対応も広がった。

 第一弾の『N BOX』は2011年12月に発売。エンジンやトランスミッションを刷新したことが大きな話題になった。加えて一から設計し直した広いキャビンにより、居住性も格段に上がり、発売後1か月で約2万7000台を受注する好スタートを切った。

 2012年7月には多目的ユースに対応した『N BOX +』を満を持して追加投入。人気をさらに不動のものにした。2012年11月の軽自動車の販売台数は3位の20.4%と、9年1か月ぶりの20%台回復を果たした。
(文中敬称略)

■取材・構成/中沢雄二

※週刊ポスト2013年2月1日号

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