ライフ

登山家・栗城史多 過酷な秋のエベレストに単独で登る理由語る

エベレスト登頂にこだわる理由を語る栗城史多氏

「冒険の共有」をテーマに、単独・無酸素エベレスト登山と世界初のエベレスト登頂インターネット生配信に挑戦し、注目されてきた登山家の栗城史多さん(30才)。これまで難易度が高い秋季に挑戦しており、4度目の挑戦となる昨年10月には、難しいとされる西陵側のルートに初挑戦した。登頂は叶わず指に重度の凍傷も負ったが、「今回は初めて山と向き合えた。大きな後悔はない」と言う。登山環境の厳しい季節に、あえて難易度を上げてまで挑んだ世界最高峰で見たものは? 栗城さんにチャレンジを振り返ってもらった。

――なぜ難しい秋に挑戦をし続けるのでしょうか?

栗城:天候が安定していて気温も温かい春は、800人ほど人が山に入るので混雑してしまうんです。ぼくは、“生身”のエベレストと向き合いたいので、あえて気象条件が厳しくて登山隊が少ない秋に挑戦しています。

――今回は初めて山と向き合えたというそのわけは?

栗城:過去3回は、いろいろな問題が起きて山に集中できませんでした。2009年のときには、中国の国慶節と重なって、国を出るよう命令されて登山期間が短縮されてしまいました。2010年は、機材などをベースキャンプに運んだり撮影をサポートするシェルパ仲間が乗った飛行機が墜落してしまうという悲しいことから始まりました。2011年は、ベテランの山岳カメラマンがくも膜下出血で亡くなってしまい、色んな思いを引きずりながら登っていたところがありました。今回は全てが順調で、初めてまっさらな気持ちで山に挑戦することができたんです。

――今回、西陵側の難しいルートに初挑戦しましたが、詳しくはどういう状況でしたか?

栗城:1963年にアメリカ隊が初登頂したルートです。ぼくのこれまで3度の挑戦では、キャンプ3(C3)までしか行けませんでしたが、今回は初めてキャンプ4(C4)まで行くことができて、あとは頂上へアタックをかけるだけだったんです。そこまでは体調も良く、あとは風が問題でした。秋季が難しいのは、ジェットストリームという強風が、長いときは2週間ほど続きます。今回は、ジェットストリームが弱まるときがあるとの予報があったので、このルートで頂上を目指すことにしたんです。

 ぼくがアタックする2日前にはポーランド隊の人達が、ローツェというエベレストの南峰にアタックして2人飛ばされ、1人は亡くなっていたり、単独で登ってC3で断念した人もいました。その次のぼくは、7200m地点で風が収まるのを3日間待ち続けていました。C4の7500m地点に行ったときには、風は少し収まっていたので夜7時に出発しました。うまくいけば翌日のお昼過ぎに登頂する予定でしたが、夜中にどんどん風が強くなってきてしまって…。朝方、ホーンバインクロワールと呼ばれる雪の溝、氷の壁の入り口の手前で、強い壁がドーンとぶち当たってきたように前に飛ばされるなど、2回、体が飛ばされそうになりました。ここで危険だと判断して下山を選んだんです。

――そのとき指の状況は?

栗城:指の感覚は無かったです。風が強いと凍傷になりやすいんです。強風が吹くと体感温度がマイナス50度ぐらいになりますし、もうひとつは低酸素の8000m地点だったので、心臓と脳に酸素や血を巡らせるために、まず指先が細胞を閉じていったんですね。両手はすでに凍傷になっていて、なんとかC4まで戻りましたが、その時はかなり危ない状況だと思っていましたので、C2の6000m地点に4名ほどいた撮影をサポートするシェルパに救けを求め、C4で合流して一緒に下りました。

――秋のエベレスト登頂が最終的な目標ですか?

栗城:いえ、エベレストがゴールでは全然ないので。山の世界で30才といったらまだ若手ですし、秋のエベレストを登ったところからようやく、いろいろな山登りができると思います。今は「冒険の共有」を目的に中継をやっていますが、それには資金がものすごくかかりますし、登山との両立はすごく難しいんです。そのためだけに講演で全国を周ったり、スポンサー集めをしているようなものです。「冒険の共有」の目的をよく勘違いされるんですけど、“有名になりたいから”とか“ただ中継をやりたいから”ではなくて、見ている人にも新しいチャレンジを生みたい。それが「共有」の本当の目的なんです。そのやり方をずっと続けるのか、それとももっと個人的な登山になっていくのか方向性はまだわかりませんが、まずはエベレストでの共有は成功させたいなと思います。

――山登りを通して伝えたいことは?

栗城:ぼく自身がひとりで山に登る理由は、過酷さを含めて山と向き合いたいから。そしてその挑戦や経験、見たものを、同じようにそれぞれ人生の“見えない山”を登っている人達と共有することによって、そういう人たちの背中をポンと押したい。チャレンジする限り失敗ではないと思いますし、ぼくの経験上、挑戦すると後悔することはないんです。今、夢を否定する人がものすごく多いですよね。だから、無理だとか失敗するだとか、多くの人のそういった心の壁をとっぱらいたいというのが最終的なゴールだと思います。夢を言葉に出せる大人や、夢に向かって少しでも挑戦する人がどんどん増えていくとすごく素敵な世の中になるんじゃないかなと思っています。

【栗城史多(くりき・のぶかず)】
1982年6月9日生まれ。北海道出身。大学生のときに北米最高峰マッキンリー(6163m)単独登頂を機に6大陸の最高峰を登る。2007年にチョ・オユー(8021m)から動画配信。2008年、マナスル(8163m)で山頂直下からのスキー滑降に成功。「冒険の共有」を目的としたエベレスト生中継登山のプロジェクトを立ち上げる。2009年、ダウラギリ(8197m)の6500m地点からのインターネット中継と登頂に成功。エベレストで酸素ボンベを使わず、ベースキャンプからひとりで登る単独・無酸素登山をテーマにしている。

関連キーワード

関連記事

トピックス

高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
阿部なつき(C)Go Nagai/Dynamic Planning‐DMM
“令和の峰不二子”こと9頭身グラドル・阿部なつき「リアル・キューティーハニー」に挑戦の心境語る 「明るくて素直でポジティブなところと、お尻が小さめなところが似てるかも」
週刊ポスト
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン