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世界から依頼殺到の建築家隈研吾氏 被災地で意識した建築は

【書評】『建築家、走る』隈研吾/新潮社/1470円

【評者】香山リカ(精神科医)

 * * *
 世界で最も多忙な建築家のひとり、隈研吾氏。日本はもとより世界中から依頼が殺到する隈氏の日常は、凄まじい。本書の冒頭から、こんな新年の日々が紹介される。

「正月二日から北京、香港、ミャンマー、パリ、エジンバラ、ニューヨークと早速、地球を一回りすることになりました。」

 読みようによっては、「世界中から引っ張りだこでテンションが上がっている人特有の自慢かな」とも見えてしまうかもしれない。ところが、そんな“毎週が世界一周状態”の合間に語られる隈氏自身の話は、意外なほど等身大ですんなり心に響いてくる。たとえば、「すべての始まりは母親」と語るのだが、その母は「家で一人、淋しくしていた」と言うのだ。

 専業主婦で淋しそうな母親を見て育った隈氏は、サラリーマンであった父親の淋しさにも気づき、コンクリートや会社という組織、住宅ローンなど20世紀を象徴するものから逃れたい、という思いで建築を続けてきたと言うのだ。

 そして、「反・20世紀」を模索する中で、たどり着いたのが「場所」へのこだわり。そのためにはまず「現場」に行って歩き回り、次いでそこで人間関係を作る。そうしないと、「場所」と自分はつながらず、「場所」に必要とされている建築は見えてこない、と隈氏は繰り返す。

 そこまで読んできて初めて、冒頭の世界一周が決して自慢のためなどではなく、隈氏にとっては「現場」と「人」に出会うこと、そこで人々を淋しさから解放する建築を作るためには必要不可欠の移動なのだと知る。若者に、日本を出よと言うのもうなずける。

 大震災で被災地の惨状とたくましさを目にしてから、「死を思い出させてくれる建築」を意識するようになったという話も興味深い。「死」もまた、20世紀が隠蔽しようとしてきたもののひとつだ。「反・20世紀」「反アメリカ」「反“強者”」でありながら、自らは最高にタフという矛盾の固まりが作った新歌舞伎座に行くのが俄然、楽しみになった。

※週刊ポスト2013年4月12日号

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