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幼女の虚言で、ある男の人生と家族の思い壊される北欧映画

 田沼雄一氏は映画評論家。主な著書に『映画を旅する』『野球映画超シュミ的コーサツ』などがある。その田沼氏が、日本ではなじみが薄いが、ときどき立ち見が出るほど注目を集めている北欧・デンマークの映画を紹介する。

 * * *
 北欧デンマークの映画である。日本ではデンマーク映画は馴染み薄。それでもこの映画は上映館でときどき立ち見が出るほどの盛況だそうだ。

 昔、オードリー・ヘプバーンとシャーリー・マクレーンが共演、名匠ウィリアム・ワイラー監督が女流戯曲家リリアン・ヘルマン作の「子供の時間」を映画化した『噂の二人』(1961年)という映画が評判になった。寄宿学校を舞台に、女生徒の気まぐれな虚言によって二人の女教師の心に深い傷痕を残す社会派ドラマ。『噂の二人』を思い出しながら、この『偽りなき者』を観ていた。

 たった一人の幼い女の子の虚言で大人社会が揺れる、一人の男性の人生とその家族の思いがズタズタにされる、小さな町の人びとの心に悔恨を残していく。いつの時代も、どこの街でも起こりうる〈言葉〉による心の喪失をテーマに、人心を結ぶ絆の脆さを描いてみせる。

『偽りなき者』という邦題がいい。デンマーク語の原題「jagten」は〈狩り〉という意味。言葉によって人もまた狩られる、というテーマが託されている。社会から疎外され、周囲の人たちから冷たい視線を向けられてもなお、真実を叫び続ける主人公を〈偽りなき者〉と表現した邦題はアッパレ!

「子供の時間」を『噂の二人』と見事にくくったタイトル同様、邦題はこうありたいという見本。脚本を手がけたトマス・ヴィンターベア監督も納得だと想像する。

 この監督さん、アメリカ映画『ディア・ハンター』(1978年)が好きだそうで、原題を〈狩り〉にしたのもその影響。主演の俳優には同映画のロバート・デ・ニーロの演技を「手本にしろ!」としつこくダメ出しをし、クロージングに鹿狩りを描くほどの入れ込みよう。なにもそこまで……と『ディア・ハンター』好きではない私はラストで少々、食傷気味になった。

※週刊ポスト2013年4月19日号

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