【書評】『「悪知恵」のすすめ ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世訓』(鹿島茂著/清流出版/1785円・税込)
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……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した……。もしもラ・フォンテーヌがこの憲法前文を読んだら、その浅薄な性善説を冷笑するだろう。
「すべての道はローマに通ず」などの格言を残した17世紀フランスの文人ラ・フォンテーヌは、『イソップ寓話』をもとにした『寓話』を書いた。本書は、著名なフランス文学者がその『寓話』から40ほどの話を取り上げ、現代社会に引き寄せて解説したものだ。
著者によれば、ラ・フォンテーヌの『寓話』は〈大人向けの非常に厳しい認識に貫かれた人生訓の集合体〉だ。例えば「クマと園芸の好きな人」。意気投合したクマと園芸家が一緒に暮らし始め、クマは園芸家にまとわりつくハエを追い払う役を果たした。だが、あるとき、しつこいハエを追い払うために敷石を投げつけ、園芸家の頭をぶち割ってしまった。
その話にラ・フォンテーヌは〈無知な友ほど危険なものはない。賢明な敵のほうがずっとまし〉という教訓を付け加えた。
「無知な友」とは〈損得の判断がつかずに、一時的な感情(中略)に駆られて行動を起こしてしまう味方〉のことで、著者によれば、戦前の関東軍が典型。一方、「賢明な敵」とは〈正しい損得勘定ができる敵〉のことで、互いを抑止し合って戦争に至らなかった冷戦時代の米ソが典型だ。
他にも〈最も強い者の理屈は、つねに最も正しい〉〈敬意は、衣装に対して払われる〉など、リアリズムに裏打ちされた教訓が並ぶ。
支配、被支配が繰り返されたヨーロッパをしたたかに生き抜いてきたフランス人ならではの、成熟した大人の智恵それこそ我々日本人が学ぶべきものだろう。
※SAPIO2013年7月号