国際情報

韓国 脱北者に「2等市民」「スパイ予備軍」との根深い偏見

7月にソウルで開かれた映画『48m』の上映会

 この夏、流浪の脱北者の肖像を描いた映画『48m(メートル)』が韓国メディアを騒がしている。低予算で制作されたにもかかわらず配給最大手CJエンタテインメントが配給をかって出たからだ。背景には、韓国政財界にも影響を及ぼしはじめた脱北エリートたちの存在がある。半島事情に精通するジャーナリストの李策氏が解説する。

 * * *
 1年間に韓国に入国する脱北者の数は、1990年代の前半まではひとケタに過ぎなかった。それが北朝鮮の飢餓が深刻化した90年代後半から急増。2006年からは年間2000人を超えており、現在は約2万5000人が韓国国内で暮らしている。

 そして、その多くは韓国社会に順応できず、高い失業率や日雇いや非正規職などの不安定な就労による低所得に苦しんでいるのが現状だ。

 韓国の民間団体「北朝鮮人権情報センター」が昨年調査したところでは、脱北者の平均月収は126万4000ウォンで、一般国民(平均210万4000ウォン)の6割に過ぎない。また、国民基礎生活保障(生活保護)制度の受給率は、48%にも達している。

 脱北者を「2等市民」、あるいは「スパイ予備軍」のように見る、国民の偏見も根深い。ソウル大学統一平和研究院が一般国民1200人を対象に行った意識調査(2011年)では、脱北者に対して「親しみを感じない」と答えた人が58.9%、「(結婚相手として)抵抗がある」との回答も50.7%に上った。脱北者の子供が、学校でイジメられる例も少なくない。最近では、イジメっ子たちに「仕返し」をしようと複数の子供たちが凶器を持って集まり、あわや大事件という場面もあったとされる。

 こうした経済的苦境と疎外感から、北朝鮮に戻る道を選択する人々もいるほどだ。いまや脱北者は、韓国社会の最下層を構成していると言っても過言ではないのだ。

 とはいえ、すべての脱北者がこうした状況にあるわけではない。少数ながら、南北関係に影響を与え始めている人々もいる。韓国の北朝鮮専門メディア「デイリーNK」の高英起東京支局長が話す。

「北朝鮮の民主化を目指す韓国の民間団体の中で、脱北者の役割が増してきているんです。元官僚や国営企業の幹部、特殊機関の元工作員などの人々で、ある脱北外交官は飯島勲内閣官房参与が訪朝した際にも日本政府に助言を行ったと聞いています。彼らは貴重な情報源であるだけでなく、金正恩体制が大きく揺らぐなどしたときには、韓国政府や民間団体の案内役として様々な場面で活躍することになるでしょう」

 映画『48m』の制作と公開自体、そうした動きのひとつと見ることができる。作品は昨年8月の完成から、7月4日の一般公開までおよそ1年を要した。その間、制作者らは国連人権委員会や米国・ワシントンDCで、国連幹部や各国のNGO団体トップ、米上下院議員らを招いて試写会を行っている。『48m』を見たイリアナ・ロス・レイティネン下院外交委員長(当時)は、「脱北者自身が映画を制作し、北朝鮮の人権問題の現実を訴えていること自体に大きな意義がある」と語ったという。

 CJエンタテインメントに配給を飲ませたのも、その延長線上でのことだ。脱北支援団体の関係者が話す。

「決め手は、海外での試写会の成果を引っ提げて、脱北者として初めて国会議員になったチョ・ミョンチョル氏が動いたことです。各界の来賓を招いて行われた上映会には、与党代表ら大物が顔を揃えていた」

 今回の反応に、制作者グループは自信を強めており、早くも続編の構想が立ちあがっているという。

関連キーワード

関連記事

トピックス

参院選の東京選挙区で初当選した新人のさや氏、夫の音楽家・塩入俊哉氏(時事通信フォト、YouTubeより)
《実は既婚者》参政党・さや氏、“スカートのサンタ服”で22歳年上の音楽家と開催したコンサートに男性ファン「あれは公開イチャイチャだったのか…」【本名・塩入清香と発表】
NEWSポストセブン
かりゆしウェアのリンクコーデをされる天皇ご一家(2025年7月、栃木県・那須郡。撮影/JMPA) 
《売れ筋ランキングで1位&2位に》天皇ご一家、那須ご静養でかりゆしウェアのリンクコーデ 雅子さまはテッポウユリ柄の9900円シャツで上品な装いに 
NEWSポストセブン
注目度が上昇中のTBS・山形純菜アナ(インスタグラムより)
《注目度急上昇中》“ミス実践グランプリ”TBS山形純菜アナ、過度なリアクションや“顔芸”はなし、それでも局内外で抜群の評価受ける理由 和田アキ子も“やまがっちゃん”と信頼
NEWSポストセブン
中居、国分の騒動によりテレビ業界も変わりつつある
《独自》「ハラスメント行為を見たことがありますか」大物タレントAの行為をキー局が水面下でアンケート調査…収録現場で「それは違うだろ」と怒声 若手スタッフは「行きたくない」【国分太一騒動の余波】
NEWSポストセブン
定年後はどうする?(写真は番組ホームページより)
「マスメディアの“本音”が集約されているよね」フィフィ氏、玉川徹氏の「SNSのショート動画を見て投票している」発言に“違和感”【参院選を終えて】
NEWSポストセブン
サークル活動に精を出す悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
皇室に関する悪質なショート動画が拡散 悠仁さまについての陰謀論、佳子さまのAI生成動画…相次ぐデマ投稿 宮内庁は新たな広報室長を起用し、毅然とした対応へ
女性セブン
スカウトは学校教員の“業務”に(時事通信フォト)
《“勧誘”は“業務”》高校野球の最新潮流「スカウト担当教員」という仕事 授業を受け持ちつつ“逸材”を求めて全国を奔走
週刊ポスト
「新証言」から浮かび上がったのは、山下容疑者の”壮絶な殺意”だった
【壮絶な目撃証言】「ナイフでトドメを…」「血だらけの女の子の隣でタバコを吸った」山下市郎容疑者が見せた”執拗な殺意“《浜松市・ガールズバー店員刺殺》
NEWSポストセブン
連続強盗の指示役とみられる今村磨人(左)、藤田聖也(右)両容疑者。移送前、フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所[フィリピン法務省提供](AFP=時事)
【体にホチキスを刺し、金のありかを吐かせる…】ルフィ事件・小島智信被告の裁判で明かされた「カネを持ち逃げした構成員」への恐怖の拷問
NEWSポストセブン
組織改革を進める六代目山口組で最高幹部が急逝した(司忍組長。時事通信フォト)
【六代目山口組最高幹部が急逝】司忍組長がサングラスを外し厳しい表情で…暴排条例下で開かれた「厳戒態勢葬儀の全容」
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
小室眞子さん“暴露や私生活の切り売りをビジネスにしない”質素な生活に米メディアが注目 親の威光に頼らず自分の道を進む姿が称賛される
女性セブン
手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《「ダサい」と言われた過去も》大谷翔平がレッドカーペットでイジられた“ファッションセンスの向上”「真美子さんが君をアップグレードしてくれたんだね」
NEWSポストセブン