夏休みが終わり、もうすぐ秋の行楽シーズン到来。今年も多くの観光客が温泉へ足を運ぶと予想されるが、単純に「有名な温泉地」に行くのではおもしろくない。そこで、日本全国4700以上の温泉地を巡り、『テレビチャンピオン』(テレビ東京)の「全国温泉通選手権」で3連覇した温泉評論家・郡司勇さんに、源泉をもつ温泉宿のディープな楽しみ方について聞いた。
「温泉にも鮮度により良し悪しがあります。温泉は生ビールのようなもので、1日置いた生ビールが売り物にならないのと同様、時間とともに劣化することが多いんです。鮮度がいいと体中に泡がついて温泉ならではの気分が味わえたり、温泉特有の匂いがしますが、時間が経つとだんだん色が変わるという特徴ももっています」(郡司さん)
郡司さんの話では、温泉の鮮度は泡、色、匂いで分かるという。しかし、専門的な知識のない素人が簡単に見分けるなら、泡が一番わかりやすいかもしれない。
「長野県の田沢温泉や山梨県の旭温泉など独自源泉をもっているところは、感動的なくらい体に泡がつきます。この泡は酸素や窒素なのですが、地中深くに温泉と高圧で交じり合っていたものが一気に出てきて泡となり、体につくわけです。しかし、温泉は不思議なもので、逆に時間をかけて熟成するとよくなる温泉もあるんですよ。例えば、食塩泉は最初しょっぱい透明の湯なのですが、時間がたつと鉄分が凝縮されて赤くなっていきます」(同前)
温泉の色の変化と聞くと、“温泉偽装問題”を思い出す人もいるかもしれない。2004年、長野県の白骨温泉で、源泉の白濁が薄くなったことにより、一部の旅館やホテルで入浴剤を混ぜていたことが発覚し問題となった。しかし、郡司さんは「色が薄くなったということは鮮度が上がったということで、本来はよい現象であった可能性もある」という。このように、正しい知識をもつと温泉の見方が変わることはまだまだある。
「例えば、よく“うちはアルカリ性が高いからツルツルになります”とアピールする温泉がありますが、実はそれほどの効果はありません。美肌効果が一番大きいのはCO3(炭酸イオン)でしょう。私もNa2CO3(炭酸ナトリウム)という薬剤を買ってきて家のお風呂で実験しましたが、ツルツルになりましたよ(笑)」(同前)
温泉の美肌効果というものは、即効性があるそうだ。通常、温泉での湯治に必要な期間は「7日間で3回り」といわれ、21日間必要といわれている。しかし、郡司さんは「筋肉痛やリウマチなどの慢性病は21日間ほど必要ですが、お湯は直接肌に触れるものなので、美肌や水虫などの効果は早く出る傾向があります」と語る。
この湯治効果を高めるためにも、温泉旅館にとってはいかに良質な源泉を豊富に確保できるかが生命線となる。そこで、今度は旅館側の話を聞くため、郡司さんと一緒に温泉旅館へ向かった。目的地は、毎分600リットルの温泉を東洋一といわれる高さまで噴き上げる大噴湯をもつ、東伊豆・河津にある峰温泉の老舗温泉旅館「玉峰館」だ。
玉峰館に着いて郡司さんが最初に漏らした感想は、3種類の源泉が館内にひかれている点だった。源泉やぐらがすぐ近くで見られること自体珍しいことだが、玉峰館は3つの源泉やぐらに囲まれており、郡司さんも「めったに見られない」と興奮。また、いずれも至近距離であることから、温泉の鮮度という意味で非常に恵まれた立地だということがいえる。
この3種類のやぐらのうち、1つは玉峰館に隣接する噴湯公園内にあり、9時30分~15時30分まで1時間おきに約1分間、高さ約30mにおよぶ大噴湯が見られることで有名だ。このことから、湯量が豊富なことがよく分かるが、郡司さんも、温泉のパワーについて驚いたようだ。
「近年は温泉成分が薄くなったり、温度が下がったりとパワーが小さくなっている温泉が多くなっているなか、大正15年からずっとパワーを維持している峰温泉は素晴らしいですね。伊豆はきっと熱源が高くて、土地の温度が高いからでしょう。また、伊豆の温泉というのは基本的に食塩泉(塩化物泉)なんですよ。そして、熱海あたりは濃度が高くて伊東に行くと薄くなり、下賀茂まで行くとまた高くなるというのが特徴です」(同前)
しかし、不思議なことに3つの源泉は至近距離にありながら、それぞれ温度や泉質などに微妙な違いがあるという。これについて郡司さんは「地層の微妙な違いや深さの影響が考えられる」と推察するが、このほか、冬になると湯量が減るなど不思議な現象が起こり、それだけ管理も大変なようだ。玉峰館フロントマネージャー・山﨑靖高さんが語る。
「源泉が近いこともあり、大量に発生する湯の花がやっかいですね。なにしろ湯の花がパイプの内側に3日で5mmほど付着してしまうので、それを取り除かなくてはなりません。また、年に2度ほど源泉の大清掃ということで源泉やぐらの内部を清掃します」
このときは自噴しているのを一度止め、ふだんは清掃できない源泉やぐらの内部を清掃するのだが、壁一面に大量の湯の花が固まっており、ノミを使って1日がかりで削り取っているようだ。
こうした丁寧な管理のおかげで峰温泉の豊富な湯量は現在も変わらず、玉峰館も露天風呂付き客室、大浴場などを含む計14か所のお風呂すべてで、源泉かけ流しのお湯を提供。温泉にはそれぞれ庭が整備され、季節ごとの表情を楽しめるほか、夜にはライトアップされた庭の景色を楽しむこともできる。さらに5月下旬にはホタルが見られる、ロマンチックなお風呂もある。
温泉のほか、料理も温泉旅館の大きな楽しみのひとつ。玉峰館は今年5月にリニューアルされたばかりで、現在の料理はメインの肉料理と魚料理のそれぞれを自分で選べるプリフィックスコースで提供。魚なら稲取金目鯛、肉なら天城軍鶏など、食材の宝庫といわれる伊豆の味覚を存分に楽しめる。
また、インテリアデザイナーとして初めて紫綬褒章を受章した内田繁氏がリニューアルの設計を担当しており、「古き、新しき、極み。」をコンセプトに、玉峰館の伝統を大切に残しながら、現代的なデザインも取り入れ、くつろぎの空間を演出。大正ロマン漂う和洋室や蔵を改装して作ったバーなど、温泉以外の見どころも充実していた。