ライフ

中村文則氏「大人が楽しめる知的ミステリーを書きたかった」

【著者に訊け】中村文則氏/『去年の冬、きみと別れ』/幻冬舎/1365円

〈なぜ愛する人を目の前にして、僕達はその一部しか認識できないのだろう〉

 理解、所有、支配、束縛……。全ては〈愛〉が為さしめる所業だった。彼らはただ、愛する者を手に入れようとして罪を犯し、心身ともに壊れていったのだ。

 世間では愛を尊ぶ一方で、暴力や権力の行使を憎み、それらが同じ根を持つ事実に目を背けようとするが、このほど『去年の冬、きみと別れ』を上梓した芥川賞作家・中村文則氏は違う。例えば2009年のベストセラー『掏摸』では人間誰もが抱える悪の正体に直視を挑み、米ウォール・ストリート・ジャーナル2012年ベスト10小説に選ばれるなど、海外でも高く評価された。

 本書でも、女を監禁し、火を放った連続殺人犯〈木原坂雄大〉らの証言からは驚くべき事件の真相が浮き彫りになり、中村氏はまたもや見てはならない景色を見せてしまう。言うなればそう、愛こそが曲者なのだ。

 好きな作家はドストエフスキー。本としての面白さやエンタメ性を追求しつつ、文学の王道をゆくその作品群は独特の存在感を放ち、本書の帯にも〈日本と世界を震撼させた著者が紡ぐ、戦慄のミステリー〉とある。中村氏はこう語る。

「普遍的なテーマを扱いながら無理筋のない、大人が楽しめる知的ミステリーを書きたかったんです。今回は性描写も多いし、タイトルもアガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』がイメージにあった。まさかこの題でこの内容? と驚かれるかもしれませんが、僕が単にロマンチックな恋愛小説を書くわけがない(笑い)」

 被写体の女性を2人までも監禁し、生きたまま焼死させたとして、一審で死刑判決を受けたカメラマン・木原坂雄大、35歳。物語はこの芥川龍之介『地獄変』を思わせる犯罪を、カポーティ『冷血』のような傑作に書くよう編集者に依頼されたライターの〈僕〉が、木原坂やその姉〈朱里〉ら周囲を取材する形で進む。

〈あなたが殺したのは間違いない。……そうですね?〉

 と、拘置所のアクリル板越しに初めて言葉を交わす場面からして緊張が走るが、木原坂が申し出たのはその実、〈狂気の交換〉だった。

〈異様な犯罪を犯した人間の話を、そんな至近距離で、内面の全てを開かされる。……まるできみの中に、僕を入れていくみたいに〉

●中村文則(なかむら・ふみのり):1977年愛知県生まれ。福島大学卒。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年『遮光』で野間文芸新人賞、2005年『土の中の子供』で芥川賞、2010年『掏摸』で大江健三郎賞。『掏摸』は各国で翻訳され、米アマゾン月間ベスト10小説、ウォール・ストリート・ジャーナル2012年間ベスト10小説、ロサンゼルス・タイムズ文学賞最終候補に。他に『何もかも憂鬱な夜に』『悪と仮面のルール』等。171cm、60kg、A型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年11月1日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
阿部なつき(C)Go Nagai/Dynamic Planning‐DMM
“令和の峰不二子”こと9頭身グラドル・阿部なつき「リアル・キューティーハニー」に挑戦の心境語る 「明るくて素直でポジティブなところと、お尻が小さめなところが似てるかも」
週刊ポスト
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン