ここで前著『さとり世代』を簡単におさらいすると、ソーシャルメディアの普及とデフレ時代の申し子とも言える彼らは、現在20代のゆとり教育を受けた世代に該当。良くも悪くも“読空術”に優れ、〈モノより思い出〉を大事にする彼らは、カフェ代等の〈お付き合い消費〉や〈いいね!消費〉に金を使う一方、〈コスパ〉や〈面倒臭い〉を上位概念とし、〈イタイ〉と言われることを気の毒なほど恐れる。
「政治に関心の高い人を〈意識高い系〉と言ったり、流行に敏感すぎてもイタかったり、突出することを物凄く嫌うんですね。例えば世の中全体が上昇局面にあった時代の若者は、いち早く新しいものに飛びついてこそ尊敬された。そうした戦後以来の若者像自体が、崩壊しているんですね。
物心つくと既に日本が成熟局面を迎えていた今のコは、カラオケでも10年、20年前の曲を好み、新しかろうが古かろうがイイものはイイと言う。別に田舎より都心に住みたいとも思っていないし、従来の若者像とは全く違う文脈にある若者なんです」
そんなさとり世代の中でも変化率が低く、オジサン世代にも比較的親しみやすい(?)のが、マイルド及び残存ヤンキーだ。特に多数を占めるマイルドヤンキーは見た目もお洒落で、彼らが音楽・生き方ともに敬愛する〈EXILE〉風だ。
例えばEXILE同様、仲間同士の〈絆〉を大事にする練馬区石神井の地元族は、〈弾丸〉と称した夜通しのドライブを平日に敢行。といって目的地はお台場や、遠くて茨城のアウトレットだが、大学生から鳶職まで男女11名の元同級生は親所有の高級ミニバンに仲良く分乗し、〈記念写真〉を収めたアルバムには〈地元 愛〉と寄せ書きも欠かさない。
「面白いのは仲間内に恋愛は持ち込むなという暗黙の了解があって、今の若者は色恋が絡んで面倒になるくらいなら同性もしくは同性的関係を好む。〈いつメン〉と居心地よく過ごすことが、彼らの最上位概念なんです。
本書では全国の135人に取材していますが、都内にも地方にも地元族はいて、学歴や収入と無関係な層を形成している。名門女子高出身者がEXILEを百倍悪くしたようなヤンキーと友達だったり、東京と地方という〈二項対立〉が成立しないのも最近の特徴です。
彼らは早ければ小学生で携帯電話を持った世代で、その頃の人間関係がずっと続いている。ただし地域の歴史や文化には興味がなく、いつもの仲間がいる〈5km四方〉が彼らの言うジモト。そこに仕事を得て、将来は家族や家も持ちたいと願う彼らの方が、実は世界的に見ても人間本来のあり方に近いのかもしれません」