尾崎豊一覧

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尾崎
世代を超えて歌い継がれる尾崎豊、没後30年 写真展に貴重な展示の数々
『15の夜』や『I LOVE YOU』『卒業』など、世代を超えて歌い継がれる名曲を多数生み出してきたシンガーソングライター尾崎豊。そんな尾崎が歩んできた26年間の道のりを写真や映像で振り返る展覧会が3月、東京・銀座にて開催される。 1992年4月25日、26才という若さでこの世を去った尾崎。高校在学中にCDデビューし、10代の気持ちを代弁する繊細な歌詞で若者を中心に熱狂的な支持を集めた尾崎の訃報は、世間に衝撃を与えた。 没後30年経ったいまでも、尾崎が作った楽曲の数々は昭和・平成・令和と3つの世代を超えて歌い継がれている。人々の心を掴んで離さない名曲たちは、どのようにして作られたのだろうか。尾崎豊とは、どういう人間だったのだろうか。 そんな尾崎の歩んできた道、尾崎と人々が歩んできた道、そして人々がこれから尾崎と歩んでいく道を見つめ直し、語り合うための展覧会が3月23日より東京・銀座の松屋銀座にて開催される。会場には尾崎本人の写真のほか、生前愛用していた楽器や創作ノート、学習机など作業環境の写真や、プライベート写真、楽譜、セットリストなど貴重な資料が多数展示される。さらに、ライブ映像やパーソナルスタジオの再現セットも展示予定だ。日本が生んだ唯一無二のシンガーソングライターの生きた証を、ぜひその目に焼き付けてほしい。【OZAKI30 LAST STAGE 尾崎豊展】会期:2022年3月23日(水)〜4月4日(月)会場:松屋銀座8階イベントスクエア入場料:一般=1500円、高校生=1000円、中学生=800円、小学生=500円 ※未就学児無料※女性セブン2022年3月31日号
2022.03.23 07:00
女性セブン
卒業ソングの変遷 「自分探しの80年代」から「背中を押す90年代」へ
卒業ソングの変遷 「自分探しの80年代」から「背中を押す90年代」へ
 卒業式を思うとき、そこには必ず音楽があった。卒業式で斉唱した歌、J-POPや合唱曲……どれも流れてくると、なぜだかじーんとする名曲ぞろい。時代とともに移り変わる卒業ソングを振り返る。「卒業ソングには、もともと2つの系統がありました。1つが、明治の頃から歌い継がれてきた『仰げば尊し』や『蛍の光』などの式典の中で歌う曲。もう1つは卒業シーズンに流れる卒業をテーマとしたヒット曲で、さまざまな歌が登場しています」 そう話すのは、音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠さん(70才)。「前者の“式典で歌う曲”の代表格である『蛍の光』は、1881年に歌詞がつけられた。また、『仰げば尊し』は1884年に作られ、小学唱歌集に収録されています。戦後、映画『二十四の瞳』(高峰秀子主演/1954年公開)の劇中で流れ、人々の記憶に強い印象を残したのです」(富澤さん・以下同) 一方、後者の“ヒット曲”の方は、世相や時流とともにさまざまな変遷を見せる。「なかでも卒業ソングとして最初に浸透したのが、海援隊の『贈る言葉』でしょう。ドラマ『3年B組金八先生』の主題歌としてお茶の間に登場して以降、それ以前の曲も“卒業ソング”として脚光を浴びることが多くなりました」 もともと、喜びを爆発させる歓喜一色の欧米の卒業式と違い、日本の卒業式は別れと旅立ちの感情が複雑に交錯し、晴れの舞台の特別な記念日なのに寂しさや悲しみを引きずり、涙する人も多い。「だからこそ、卒業ソングは日本人の美学に合うのです。昔は市販のポップスと学校で歌う歌が明確に分かれていましたが、ポップスシーンのヒット曲が教科書に載るようになると、次第に両者の距離は近づいていきました」『高校三年生』から始まった 戦後ポップスに、卒業をテーマとした歌が登場したのは1960年代からだ。「1963年に発売された舟木一夫の『高校三年生』が、やはり卒業ソングの最初でしょう。当時、ぼくはまだ小学生で、サビの部分を『小学六年生〜』と替え歌にしてよく歌っていました(笑い)。ペギー葉山の『学生時代』はちょっと大人の世界を感じさせましたね」 その歌詞は、当時の小中学生の胸にも響いたのだ。「1970年代になると、かぐや姫やイルカが歌った『なごり雪』や、荒井由実が作ってバンバンが歌った『「いちご白書」をもう一度』などが登場します。こうした曲の背景には、1970年安保の学生運動の名残りと敗北感があり、ぼくら世代にはリアルタイムでした。『なごり雪』を作った伊勢正三とは同い年なんです。」合唱曲に取り入れられ、卒業式で歌われる 1980年代に入ると、いまも卒業式で歌い継がれる、卒業ソングの名曲が続々生まれた。 柏原芳恵『春なのに』や斉藤由貴『卒業』には、第2ボタンにまつわる歌詞があり、松田聖子『制服』は松本隆が詞を書き下ろした。「尾崎豊の『卒業』は、校内暴力を彷彿させる描写とともに、真摯な自分探しの歌詞が若者を心酔させました」 1990年代になると、ドラマ『白線流し』の主題歌となったスピッツの『空も飛べるはず』や、Kiroroの『未来へ』などが登場する。平成の卒業ソングの定番となった『旅立ちの日に…』を歌った川嶋あいはこう振り返る。「この『未来へ』は15才で上京した際の思い出の曲。ずっと歌手になることを応援し、女手一つで育ててくれた母に背中を押され、東京に向かう電車の中、ヘッドホンで聴いていました。夢への最初の一歩を、一緒に踏み出せた特別な曲です」 2000年代には、森山直太朗の『さくら(独唱)』、いきものがかり『YELL』など、未来の自分へエールを送り、自らを鼓舞する曲が人気を博していく。 こうした卒業ソングは、随時、合唱にも取り入れられ、今年も卒業式で披露されている。取材・文/北武司※女性セブン2022年3月31日号 
2022.03.18 11:00
女性セブン
サザン、尾崎豊を輩出した青学 その土壌を作った筒美京平さん
サザン、尾崎豊を輩出した青学 その土壌を作った筒美京平さん
 2020年10月7日、誤嚥性肺炎により逝去した筒美京平さん(享年80)。青山学院大学の大先輩でもある名作曲家の訃報に放送作家でコラムニストの山田美保子さんにとっても、ショックが大きかったという。 そんな筒美さんの楽曲を見事に歌いこなし、大ヒットを生んだのが岩崎宏美(62才)と早見優(54才)。山田さんが2人の歌手を招いて、筒美さんとの想い出を語ってもらった。サザンや尾崎を排出した青学の土壌は先生が作った山田:筒美先生との最大の想い出をお聞かせいただけますか?岩崎:やはりレコーディングですね。ロサンゼルスで先生のお誕生会をしたこともありました。先生はとにかくオシャレでいらして、ダブルのスーツに太めのネクタイが本当にお似合いだったんです。それも黒とか紺ではなくて、茶のツイードにからし色のパンツを合わせていらして、靴は必ず焦げ茶。でもサイズが24.5cmくらいと小さくて、「なかなか数が入って来ないから、いつも田邊の昭ちやん(田邊昭知さん=田辺エージェンシー代表取締役社長)と取り合いになるのよ」と(笑い)。山田:オシャレなかただったというエピソードは本当に多いですよね。実は私は青山学院の初等部から大学までの後輩なので、学校から届く冊子に出ていらした先生の写真を拝見して、なんて素敵な先輩なんだろうと。青学はサザンオールスターズや原田真二サン(62才)、尾崎豊さん(享年26)、Dragon Ashなどなど多くの著名なミュージシャンが在学していたんですけれど、そうした土壌も先生が作ってくださったのだと信じています。岩崎:白のメルセデスに乗っていらしたのもカッコよかったですよ。実は先生は免許をお取りになったのが遅くて、私と仮免許取得の時期が同じだったんです。晴れてふたりとも、免許を取ることができて青山通りなんかですれ違って「先生~~」って声をかけると、すっごくうれしそうな顔をなさって。シャイだけれど、とってもチャーミングなかたでもありましたね。山田:クルマに関しては、先生の訃報に際して『ラブ・シュプール』『抱きしめてTONIGHT』など約50曲もの楽曲提供を受けた田原俊彦サン(59才)がブログで「品のあるたたずまい」「真っ黄色なポルシェに乗って颯爽と帰っていく」と綴られていました。早見:うらやましい。トシちゃんとはデビューが2年しか違わないのに、私は先生にお会いしたことがなくて。岩崎:エ~~~ッ!構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。撮影/田中智久※女性セブン2021年1月7・14日号
2020.12.30 16:00
女性セブン
二世タレントの芸能界入り「パパ友会」が重要な役割果たす
二世タレントの芸能界入り「パパ友会」が重要な役割果たす
 芸能界では多くの「二世」たちが大活躍。最近では、あのサッカー界の超大物の長男も俳優デビューを果たした。そこで、放送作家の山田美保子さんが、昨今の「二世タレント」について分析する。 * * *「キング・カズ」こと三浦知良サン(53才)・三浦りさ子サン(52才)ご夫妻の長男、三浦りょう太(りょう=けもの偏に「寮」のうかんむりなし)クンが芸能事務所「トップコート」さんの所属になったと報じられましたね。 りょう太クン、15才でブラジルにサッカー留学した経験もあるのですが、サッカーではなく、俳優さんの道へ。田原俊彦サン(59才)をはじめ、芸能界にも幅広い人脈をもつ父上の影響でしょうか。昨年は、木村拓哉サン(47才)主演の『グランメゾン東京』(TBS系)に出演していらしたんですね。ごめんなさい、二世でいうと、佐藤浩市サン(59才)Jr.の寛一郎クン(23才)に気をとられ、りょう太クンのことはチェックしきれませんでした。 そうそう、三浦知良サンと木村拓哉サンの“ご縁”については、木村クン本人から聞かせていただいたことがあります。『BG~身辺警護人~』(テレビ朝日系)の第1シリーズの外ロケ中、停車中の車のパワーウィンドーがサーっと開いたので、木村クンは「マスコミか?」と一瞬、警戒したそうなのですが、顔を出したのがカズさんで、「『BG』を見ています」「面白いです」と言ってくださったのだとか。その翌年、『グランメゾン東京』にりょう太クンが出演することになったのは、まさにご縁ですね。 りょう太クンは“ワークショップオーディション”にて「トップコート」の渡辺万由美社長と知り合い、所属することになったと聞きました。「トップコート」さんといえば“カメレオン俳優”の筆頭、中村倫也サン(33才)や、「日本アカデミー賞」最優秀主演男優賞を受賞した松坂桃李サン(31才)、菅田将暉サン(27才)も所属していることで話題。私が推している杉野遥亮クン(24才)、さらには新田真剣佑クン(23才)ら若手の超人気者もいらっしゃいます。 万由美社長は昨年、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)で、そのお仕事ぶりがクローズアップされ、所属俳優さんや女優さんをじっくり丁寧に育てていくことでも知られています。同事務所の公式YouTubeにて“お披露目”を行ったりょう太クン。強制終了させられたものの、尾崎豊さん(享年26)の歌マネで“ツカミはOK”。昨年、多くのコンテストで評価された「アタックZERO」のCMは、先輩の松坂サン、菅田クン、杉野クンも出演していることですし、“後輩役”として加わる可能性があるかも。 二世ということでいえば、渡辺謙サン(60才)の娘・杏サン(34才)や、水谷豊サン(67才)・伊藤蘭サン(65才)ご夫妻の娘・趣里チャン(29才)ら、大物二世の女優さんが所属している「トップコート」さんです。りょう太クン、本当に素晴らしい事務所に所属されましたよね。二世ブームに拍車をかけた「二世・三世会』 それにしても、ここ数年、二世タレントさんが次から次へとデビューされてますよね。まぁ、りょう太クンのようにご両親共に有名人だったり、そんな有名人のご子息が大勢通う私学に幼稚園や小学校から通っていれば、芸能界は決して「遠い世界」ではないハズです。 昔から「ステージママ」という言葉があるので、二世タレントさんの場合、お母様が子供さんのデビューに熱心かと思いきや、“山田調べ”では、男のコ、女のコに限らず、お父様のネットワークによって芸能界入りを果たす二世の方が多いようにお見受けします。 というのも、前述の“私学”には、パパたちが担任の先生を囲む「父の会」とか「パパ友会」というのがあって、先に子供さんをデビューさせている有名人パパに、ほかの有名人パパが質問を浴びせる…という話も聞いたことがあります。 それにしても、です。最近では、あまりにも二世タレントさんが多すぎて、「二世」であることは知っていても、親御さんが誰だったか、すぐに出てこないことがあります(苦笑)。 私が構成にかかわっている『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)では、ずいぶん前から「二世大会」がキラーコンテンツです。そもそも、明石家さんまサン(64才)・大竹しのぶサン(62才)“元”ご夫妻の長女・IMALUチャン(30才)がデビューしたことは、芸能界二世ブームの大きな“きっかけ”と言えます。 その後、「IMALUチャンの気持ちがいちばん理解できるのは私」と、大和田獏サン(69才)・岡江久美子さん(享年63)ご夫妻の娘さんの大和田美帆サン(36才)が食事会を開催。そこに関根麻里チャン(35才)、大沢あかねチャン(34才)らが加わって「二世・三世会」が発足したことが、さらにブームに拍車をかけました。“血縁”にこだわり、“家系図”に順番がある日本の場合、「お父さん(お母さん)にソックリ」とか、ご両親や祖父母、曽祖父母に至るまで有名人の二世、三世は、それだけで大きな注目を集めます。あ、賀来賢人サン(30才)と賀来千香子サン(58才)や、りょう太クンの母・三浦りさ子サンと『BEAMS』代表取締役の設楽洋さんのように、「叔母」「叔父」でもOK。昔から歌舞伎界では、こうした関係性を含めて取り沙汰されていましたから、芸能界でも今後は「遠い親戚」まで話題になる可能性が高いです。構成■山田美保子/『踊る!さんま御殿?』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキング』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年6月25日号
2020.06.13 07:00
女性セブン
ワッキーが明かす、ロンブー淳の結婚式での長渕熱唱の裏側
ワッキーが明かす、ロンブー淳の結婚式での長渕熱唱の裏側
 門出、旅立ち、巣立ち…別れの季節である3月にはそんな言葉が似合う。人生の節目となる、春の時季を彩った歌はなんだろうか。歌の数だけ「別れの物語」がある――。 1980年代には、柏原芳恵『春なのに』、H2O『想い出がいっぱい』、尾崎豊の『卒業』などの歌が当時の若者の心を捉えた。 なかでも、お笑いコンビ・ペナルティのワッキー(47才)の心に刺さった歌は、長渕剛の『乾杯』だという。同期で親友のロンドンブーツ1号2号の田村淳(46才)がハワイで結婚式を挙げたとき、品川庄司の庄司智春(44才)と共に歌った曲だ。「冒頭のところで、もう泣きながら歌っていました。それを見て、淳ももらい泣きしながら一緒に口ずさんで…。 デビューしてから何をやるのもずっと一緒だったので、歌詞はまさにぼくらそのもの。あの曲を聴くと、“あの頃がいちばん楽しかったんじゃねえの?”という気持ちがわき上がります。みんなで街に繰り出してナンパしたり、海に行ったり、お互いの家で何をするでもなくボーッとしていたり。そんな他愛もないことが走馬灯のように脳裏を駆けめぐりました。 お金も何もなかったけど楽しかった日々。そんな気持ちも年を取ったら味わえなくなるのかなと、切なさを感じながら歌っていました」 大の長渕ファンのワッキーは、長渕の『さようならの唄』を照れた顔で口ずさみながら、子供の頃のほろ苦い思い出を振り返る。「親父が転勤族だったので、小・中学校の頃は転校を繰り返していました。中学3年生になる春の時期に北海道から千葉に引っ越すんですが、いまでも関係の続いているくらい仲のいい友達との別れだったので、寂しくてたまらなくて。 それで、当時好きだったクミちゃんという子がいたんですが、北海道を離れる前に意を決して告白したんです。サッカー部の練習前に廊下に呼び出して“ずっと好きだったんだ、つきあってほしい”と、人生初の告白です。その後サッカーの練習をしていたら、クミちゃんの親友のカリンちゃんに呼び止められて“これ、クミから!”と小さな手紙を渡されました。ドキドキしながら開けて見ると、そこに書かれていたのは“やっぱり友達がいい”という文字。あまりの衝撃に、ぼくはそのまま雪の積もった校庭にパタリと倒れこんでしまって(笑い)。仰向けになりながら、小さな手紙をさらに小さくちぎって上に投げると、雪と一緒に手紙が自分に降り積もって…。 家に帰ってから『さようならの唄』や五輪真弓さんの『恋人よ』を聴きながら、ボロボロ泣いていました」 1990年代、2000年代以降も、卒業式の定番となった埼玉県の中学校教師作曲の『旅立ちの日に』や、レミオロメン『3月9日』、森山直太朗『さくら』、アンジェラ・アキ『手紙~拝啓十五の君へ~』など、さまざまな卒業ソングが誕生した。「歌を聴くことで、卒業式で同級生が泣いていた横顔など、懐かしい情景がありありと浮かび、いまでも熱いものが込み上げてきます」(47才女性) 歌にはあの日の思い出を鮮明に甦らせる力がある。それはどんなに時が流れても、決して色あせることはない。※女性セブン2020年4月9日号
2020.03.29 16:00
女性セブン
涙を彩る名曲の数々をランキング化
贈る言葉、旅立ちの日に… 卒業ソングランキングTOP20
 卒業式シーズンになると、何年経っても「あのフレーズ」とともに淡い記憶が蘇る──そんな「思い出の歌」が誰しもあるだろう。今年の卒業生たちにとっても、いつかこの時代の歌が、特別な思い出になるはずだ。新型コロナウイルス蔓延による全国一斉休校で卒業式を行なえない学生も多い。彼らに、せめて時代を彩った卒業ソングの名曲を贈りたい。『仰げば尊し』や『蛍の光』など卒業式で歌う合唱曲=卒業ソングだった時代に、舟木一夫が歌う『高校三年生』(1963年)は大ヒットし、1960年代の“代表ソング”となった。東京五輪を翌年に控えたこの当時、大学進学率は10%程度で、集団就職の全盛期。地方の「高校三年生」の多くは卒業すると「金の卵」として地元を離れ、大都市へと旅立っていった。「近い将来もう会えなくなるかもしれないという思いは、誰もが共有していた。就職後には夜この歌を一人で口ずさんで励まされました」(74・無職) 当時、中学3年生だった元参院議員の筆坂秀世氏(72)も思い出の曲だと言う。「池田勇人内閣で高度成長期の真っ只中。日本に勢いがある、いい時代だった。中学生仲間も当時は『高校三年生』を口ずさんでいました。その頃は中卒で就職する人生も少なくなかった。別れの辛さは中学生にも重かったんです。校内放送で流行歌が流れるようになったのは、『高校三年生』かららしい。この曲を聞くと1学年下の可愛い後輩に告白して、フラれたことを思い出すよ(笑い)」 翌1964年に流行したペギー葉山の『学生時代』は、結婚式を迎えた女性が、高校時代を懐かしむ歌だ。この曲は『大学時代』というタイトルになる予定だったが、みんなが大学に行く時代ではないとペギーが反対し、『学生時代』になったという。「テニスもキャンプファイヤーもしたことがなかったけど、都会的な学生生活に憧れた。高校の同窓会に行く途中、憧れていた同級生を思い出してこの曲が頭をよぎる。彼女は1回も来たことないけどね」(73・無職)◆もう若くないさと君に言い訳 時代背景が違えば、心に染みる卒業ソングも違う。1970年代の代表ソングといえば『なごり雪』。もともとはフォークグループ「かぐや姫」の楽曲だったが、1975年に「イルカ」がカバーして大ヒットした。この頃から大学進学率が上がり、卒業ソングは大学の思い出にもなった。『なごり雪』は、卒業後に故郷に帰る仲間や恋人たちの姿を切り取っている。音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠氏(68)も思い入れのある曲として『なごり雪』をあげる。「曲の背景には70年安保闘争、学生運動の名残があります。男性を支えてくれていた女性が田舎に帰っていく。女性は成長していて男性のもとを去っていくのに、男性は変わらず、東京に残る。人生や恋愛の敗北感やこれからどう生きていくのかといった悩みをテーマにしたからこそ、共感を得たのだと思う」 この1975年は卒業ソングの当たり年。同年、当時21歳の荒井由実(松任谷由実)は、作詞作曲した『卒業写真』と『「いちご白書」をもう一度』をハイ・ファイ・セット、バンバンに提供。いずれも卒業ソングの名曲として歌い継がれている。エコノミストの森永卓郎氏(62)は、当時高校3年生だった。「ユーミンは好きでデビューアルバムから持っていたけど、『卒業写真』は下駄を履いたバンカラ学生だった僕には別世界で、おしゃれな映画を見ている感じでした。対して『「いちご白書」をもう一度』は歌詞に共感した。 僕は中学のときに学生運動に強い影響を受けていたので、バリケードを作ったり長髪でギター弾きながら吉田拓郎を歌う少年だった。高校に入って長髪を切って、『森永はノンポリに転向した』って友達に言われたんです。ユーミンの歌詞はそういう心境の変化を表わしていた」◆道に迷っているばかり 学生運動の熱が冷めると、「どう生きていくか」という悩みが若者の間に広がっていく。森田公一とトップギャランの『青春時代』(1976年)の阿久悠の歌詞は若者たちの心をわしづかみにし、「今でも同窓会のシメは肩を組んでこの歌を大合唱」(63・自営業)だという。 その後登場したのが、本誌・週刊ポストの読者1000人アンケート(表参照)でも1位となった『贈る言葉』(1979年)だ。大ヒットドラマ『3年B組金八先生』で主役を演じ、フォークグループ「海援隊」のボーカルでこのテーマ曲の作詞も担当した武田鉄矢氏(70)が振り返る。「最終回は卒業式ということは分かっていたから、『青春の一人旅の第一歩を踏み出した』というニュアンスを歌詞に組み入れたいと思った。辛いことに向かって踏み出す『寂しい一歩目』こそが『青春』だと思ったんです。 それから当時はフォークソングが下火になって、『ニューミュージック』というジャンルが台頭していた。『ニューミュージック』は歌詞に『優しい』という言葉が出てきて、キャッチコピーのように使っていたんですが、それに対して僕はものすごく腹が立っていて。『贈る言葉』の歌詞には、“優しさだけで人間は決まらんぞ!”みたいな、意地や恨みがこめられています(笑い)」『贈る言葉』のリリース後、武田氏は鹿児島県奄美群島の沖永良部島で、こんな経験をした。「港の近くで島の中学のブラスバンドが『贈る言葉』を演奏していたんです。僕たちを歓迎するために演奏しているのかと思ったら、みんなこっちに背を向けて、鹿児島の本島に向かう船に向かって演奏している。 島の中学校に赴任していた女の先生が転勤になって、鹿児島に船で帰るのを、教え子たちが『贈る言葉』で見送っていたんです。演奏している子供たちも、女の先生も泣いていました。その時、“歌というのは作り手から離れて、時代を超えていろんなところを旅していくんだなぁ”と思いました」◆あと何度自分自身卒業すれば 1980年代は柏原芳恵の『春なのに』(1983年)、斉藤由貴の『卒業』(1985年)、菊池桃子の『卒業』(1985年)など、アイドルが歌う卒業ソングがヒットする一方で、長渕剛の『乾杯』(1980年)、尾崎豊の『卒業』(1985年)など、硬派な卒業ソングも誕生した。「80年代になると、70年代の敗北感や迷いがなくなっていきます。長渕の『乾杯』にも“俺たちは頑張るんだ”という前向きな空気が流れている。尾崎の『卒業』も同様で、卒業後の自分探しがテーマになっている」(富澤氏) 学生たちがカラオケボックスで歌えるようになったのもこの時代。「尾崎ファン」を公言するお笑いコンビ・テツandトモのトモ(49)はこう話す。「高校時代の親友と今後の人生について語り合った後、カラオケで肩を組みながら『卒業』を熱唱しました。尾崎豊さんの魂のこもった歌声、語りかけるように始まってラストで畳みかけるメロディーラインに惹かれました。実は、コントのネタになっている『なんでだろぉ~』の最後の『お~』の歌い方は、尾崎豊さんに影響されています」 2000年代に入ると、森山直太朗の『さくら』(2003年)やいきものがかりの『YELL』(2009年)に代表されるように、未来の自分へエールを送る卒業ソングが人気を博す。「70年代までの『卒業は別れ』というイメージから、『卒業は新しい出会いの始まり』というイメージに変わり、自分を鼓舞するメッセージが聞き手に響くようになったのでしょう」(富澤氏) さらに卒業式で歌われる定番曲にも変化が起きる。『旅立ちの日に』(1991年)が多くの学校で歌われるようになった。それまでスタンダードだった『仰げば尊し』『蛍の光』が恩師との別れや勉学に励んだ日々を惜しむのに対し、この楽曲は卒業を前向きな別れだと捉えている。作曲者で県立秩父特別支援学校教諭の高橋(旧姓・坂本)浩美氏が、曲ができた経緯を語る。「(秩父)市立影森中学校時代に、校長先生からいただいた歌詞を見た瞬間にイメージが広がって、すぐ曲を作りたいという気持ちが沸き上がりました。音楽室に駆け上がり、ピアノに向かって15分で出来上がりました」 卒業式はなくとも、こうした名曲を胸に刻み、「旅立ちの日」を、迎えてほしい。※週刊ポスト2020年3月20日号
2020.03.11 11:00
週刊ポスト
派閥と嫉み…脱退の真相は?
欅坂脱退の平手友梨奈、CM撮影現場で「違う」と言い残し帰る
 アイドルグループ欅坂46の不動のセンター・平手友梨奈(18才)が1月23日、グループからの脱退を発表した。その直後、パーソナリティーを務めるラジオ番組に出演し、「今は(脱退について)話したいと思わないので」とだけ語り、欅坂46のシングル曲『黒い羊』を流した。白い羊たちの中で孤立する変わり者が、集団からの離脱を決意するという内容の曲が終わると、約10秒間の沈黙の末、番組を締めくくった。ハッピーエンドではないことを、ファンが感じた瞬間だった。「欅坂46は“笑わないアイドル”として、ダンスや歌唱力を磨き、クールでかっこいいグループを目指してきました。その象徴が、デビューシングルから全8作でセンターを務めた平手さん。デビュー当時は、センターに立つことを怖がるかわいらしい14才でした。しかし、持ち前の表現力で、世の中に不満を抱える若者たちからカリスマ的人気を得て“現代の尾崎豊”とまでいわれました」(芸能関係者) 本来喜ばしいはずの平手の成長が、グループ内でひずみを生んでいったという。「平手さんの存在感が強まるほどに周囲が腫れ物に触れるかのように特別扱いをし始めたんです。ほかのメンバーたちは、平手さんのアンタッチャブルな扱いに不満を持つA派と、平手さんを教祖扱いするB派に分かれていきました」(前出・芸能関係者) たまに、平手の代役がセンターに立つと、B派が不服を漏らすこともあったという。そして平手自身も変わっていったという。「彼女にだけ複数の付き人がいて、“わがまま”も通るようになっていったんです。それが顕著だったのがあるCM撮影の現場。すべてセッティングされたスタジオに入った瞬間、彼女が“(世界観が)違う”とだけ言い残して、帰ってしまった。スタッフもメンバーも呆然。当然、撮影は中止になりました」(広告代理店関係者)“黒い羊”となった平手は、「卒業」ではなく「脱退」という選択をすることになった。「平手さんが抜けることで、『新しい欅坂46としてまとまる』という声が出ているのも事実です」(前出・芸能関係者) 残されたメンバーで、どんな欅坂46を見せてくれるのだろうか。※女性セブン2020年2月13日号
2020.01.31 16:00
女性セブン
大学入試センター試験で、受験生にリスニング用の機器を配布(共同通信社)
センター試験 受験生を悩ませた珍問・奇問の歴史
 2021年からの英語民間試験と記述式の導入をめぐって揺れに揺れた大学入試センター試験が今年もやってくる。共通一次時代を含めると40年に及ぶ大学入試センター試験では、受験生を悩ませた珍問・奇問(?)の数々も少なくない。過去の例をいくつか紹介しよう。●男と女の危ないラブゲーム 2018年の英語のリスニングでは、会話を聞いて最も適切な絵を選ぶ第1問が秀逸だった。訳してみよう。男「見て。去年の春に撮った写真だよ」、女「綺麗なお庭ね」、男「そうでしょ。遠方にある摩天楼も綺麗でしょ」、女「そうね。ところで、あなたの横にいる女性は誰?」。問題作成者が会話する男女の関係を気にさせて集中力を削ごうとする作戦に出たのか、それとも試験中に笑わせてリラックスさせようとしたのかは不明である。・試験で読み上げられた文とその和訳M: Look! This picture is from last spring.W: What a beautiful garden!M: Amazing, isn’t it? And the skyscrapers in the distance.W: Uh-huh. By the way, who’s the woman beside you?男性:見て。去年の春に撮った写真だよ女性:綺麗なお庭ね男性:そうでしょ。遠方にある摩天楼も綺麗でしょ女性:そうね。ところで、あなたの横にいる女性は誰?●大怪獣ゴジラがセンター試験で大暴れ!? 2011年、日本史Aで『ゴジラ』(1954年11月公開・東宝)のポスターを元に、1950年代の核兵器を巡る出来事が問題に。この年の3月に第五福竜丸がビキニ環礁で米軍による水爆実験に巻き込まれて被曝していた。選択肢b〈アメリカの水爆実験により、日本の漁船が被曝した〉、d〈被爆国の日本で、第1回原水爆禁止世界大会が開かれた〉が合っており、a〈アメリカの原爆実験により、ソ連の漁船が被曝した〉およびc〈日本に原爆を投下したアメリカで第1回原水爆禁止世界大会が開かれた〉は誤り。ちなみに、出題の2か月後、東日本大震災によって福島第一原発が爆発。放射性物質の放出を伴う原子力事故が起こった。●スマホの内部はこうなっているんですね 2017年、スマートフォンの国内出荷台数が過去最高(3199.4万台)に達した。その翌年、意外にも地理Bでスマホが登場。端末を分解して中身を見せ、国際特許出願件数、アルミ合金ケースの原料となるボーキサイトの生産量、リチウムの生産量について、国・地域とそれらが世界全体に占める割合が問われた。国際特許は欧米などの先進国、ボーキサイトは熱帯地域の南米、リチウムはオーストラリアとチリの2か国が8割を占める。ちなみに、分解されたスマホは元に戻るのだろうか……。●こんなカッコでハロウィンに行かないでしょ! ハロウィンでの仮装が日本でも定着し始めてきた2012年、英語のリスニングでは不思議な絵が並び、ICプレーヤーから以下のような会話が流れた。女「ハロウィンパーティにスーパーヒーローの格好で行くの?」、男性「うん。マスクを作り終えたよ」、女性「頭全体を覆うの?」、男性「いや、でも長靴と手袋は手に入れた」。会話から最も適切な絵は判断できるが、この格好で渋谷を歩いても誰からも声を掛けられることはないだろう。●現代社会の問題に飛び出した“プリプリ” 2011年の現代社会では、第1問から「次の音楽番組での司会進行役の発言を読み、下の問いに答えよ」という珍問が飛び出た。問題文は、「ただいまの曲はプリンセス・プリンセスの『Diamonds』でした」から始まり、「次の曲は全国の受験生の皆さんへの応援ソングです。それでは皆さん、がんばって下さい!」で終わる。どうして“架空の司会者”を登場させたかは不明。実際は、下線部の前後と選択肢を対応させたり、表を読み解いたりすればいい問題ばかりで、プリンセス・プリンセスは直接的には解答と関係なかった。●尾崎豊の歌は社会変革の原動力になり得るものである 2008年の現代社会では、青年期をテーマとした第5問で尾崎豊と彼の過ごした時代背景が文中に登場した。〈彼の歌は、対抗文化の意義について、今も人々に考えさせるところがある〉と書かれ、「対抗文化」に下線が引かれた。問題は、その語句に関する記述として最も適当なものを選ぶ。答えは〈既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力になり得るものである〉。もし尾崎がこの問題を読んだら、激しい戸惑いを覚えたに違いない。この年の現役生は尾崎が亡くなった1992年、まだ3歳の子供だった。※週刊ポスト2020年1月17・24日号
2020.01.17 07:00
週刊ポスト
テレビ東京の音楽特番として半年ごとに放送されている『3秒聴けば誰でもわかるあなたの名曲ベスト100』(同HPより)
懐かしの音楽特番も限界?“お宝映像”に視聴者の慣れも
“お宝映像”番組も限界を迎えつつあるのか──。各局の音楽特番の視聴率に異変が起こっている。 10月6日、『3秒聴けば誰でもわかるあなたの名曲ベスト100』(テレビ東京系)が放送され、三波春夫の『東京五輪音頭』や松田聖子『青い珊瑚礁』などの『名曲ベスト100』が懐かしのVTRとともに紹介された。また、ゲストが選んだ秘蔵映像として『特殊な演出をしている歌番組』などのコーナーも設けられた。他にも、ダイアモンド☆ユカイがプリンセスプリンセスの『Diamonds』を、May J.が久保田早紀の『異邦人』をスタジオで歌うなど名曲のカバーコーナーも随時挿入された。『3秒聴けば誰でもわかる~』は期首期末特番として2017年4月から半年ごとに放送され、2018年4月1日には番組最高の視聴率8.8%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)を記録。しかし、5度目の2019年4月7日は5.9%、6度目の10月6日は6.4%と、直近2回の視聴率はそれほど芳しいものとはいえない。 どうして視聴率が低下しているのだろうか。芸能研究家で、著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)で『ザ・ベストテン』(TBS系)など音楽番組の詳細な分析をしている岡野誠氏は、次のように見ている。「数年前まで、テレ東は過去VTRを扱う音楽特番をほとんど放送していなかったため、『3秒聴けば誰でもわかる~』はまさに“お宝映像”のオンパレードでした。しかし、近年は『テレ東音楽祭』などでも懐かしVTRを流しており、『3秒聴けば誰でもわかる~』も回数を重ねてきたので、視聴者がテレ東の“お宝映像”に慣れてきたのかもしれません」(以下、「」内、岡野氏) 10月6日放送の『3秒聴けば誰でもわかる~』の全142映像を曲の発売年(※ちあきなおみの『矢切の渡し』、尾崎豊の『I LOVE YOU』はシングルリリース年でカウント)で分けると、ある年代に偏っていたという。「昭和50年代が66曲に上り、全体の46.5%を占めました。ちなみに、その前後5年間である昭和45~49年は17曲、昭和60~平成元年は22曲。これらの20年間で、73.9%になります。一方で、平成2~31年は17曲で12%のみ。平成10年以降は8曲、平成17年以降は0曲でした。つまり、昭和50年代前後に学生時代を過ごした現在の40代、50代を主なターゲットにした番組作りだったことがわかります」 最近は“若者のテレビ離れ”が叫ばれているが、この番組も10代や20代には馴染みの薄い曲が並んだことになる。「若者がテレビを見ないから40代以上をターゲットにするのか。テレビが40代以上をターゲットにするから若者がテレビを見ないのか。どちらが先かはわかりませんが、“お宝映像”系の番組は新しい層を開拓しにくい。これも視聴率が伸び悩んでいる一因でしょう」 テレビ東京に限らず、他局でも、“お宝映像”で構成する音楽特番が数か月に1度放送されている。 一昨年から始まったTBSの『歌のゴールデンヒット』は放送5回目の今年2月11日には過去最高の12.5%となったが、6回目の10月7日は過去2番目に低い9.4%だった。フジテレビは『名曲お宝音楽祭』を昨年9月26日、今年4月6日と2度放送したが、この10月の改編期にはオンエアされていない。視聴率は1回目8.9%、2回目7.8%と微減していた。「4月7日のテレ東『3秒聴けば誰でもわかる~』が5.9%だったのは、前日にフジで『名曲お宝音楽祭』が放送された影響も大きいはず。10月7日のTBS『歌のゴールデンヒット』も、前日のテレ東『3秒聴けば誰でもわかる~』に少なからず影響を受けているのでは。個人的には、どれも続いてほしい番組です」 各局で似たような映像が続くと、視聴者も見飽きるといった側面もあるかもしれない。『3秒聴けば誰でもわかる~』は、来年4月の改編期も放送されるだろうか。「テレ東の“お宝映像”は素材の選択、見せ方、並べ方で、一歩リードしていると思います。他局の場合、当時のテロップやナレーションを消して、上から被せることが多い。しかし、テレ東は素材をそのまま生かしている。そのため、視聴者は字体やロゴ、紹介の仕方に懐かしさを感じられる。 また、今回の『3秒聴けば誰でもわかる~』では、『歌手が本業ではない人のマジ歌』という特集で斎藤清六が横で見守る中、萩本欽一がおどけながら『抱きしめてTONIGHT』(田原俊彦)を歌ったり、ジャガー横田が恥じらいながら『少女A』(中森明菜)を歌唱したりする映像が流れるなど、スタッフが苦労してVTRを見つけてきた跡が窺えました。次回は名曲カバーコーナーで、斎藤清六が近藤真彦の『ギンギラギンにさりげなく』を熱唱する姿を見てみたいですね(※清六は1982年発売のLP『なんなんなんだ!?』で同曲を歌っている)」 お宝映像だけでは、どうしても限界がある。テレビ局は次なる音楽特番の鉱脈を見つけられるか。
2019.10.22 07:00
NEWSポストセブン
【著者に訊け】葉真中顕氏 クライムノベル『Blue』
【著者に訊け】葉真中顕氏 クライムノベル『Blue』
【著者に訊け】葉真中顕氏/『Blue』/1700円+税/光文社 まさに〈主観の数だけ〉、平成の真実はあった。首都ハノイの繁栄からは見事に取り残された〈B省の農村〉。ここで朝から働き、学校にも通えなかったベトナム人女性〈ファン・チ・リエン〉や、昔気質の警視庁捜査一課班長〈藤崎文吾〉。そして「For Blue」と題された断章の正体不明の語り手〈私〉を含む13名の視点によって、葉真中顕著『Blue』は進行する。 彼らが語るのは、奇しくも平成最初の日に生まれ、平成最後の日に世を去った、〈青〉という青年のこと。母親が彼の出生日の青空に因んで名付けたらしいが、記録には平成元年1月8日は雨とあり、〈無戸籍児〉として育った彼の存在自体、〈伝聞以上の証拠はない〉。 物語は平成15年、青梅市内に住む教員一家を当時31歳の次女が惨殺し、自らも薬物による中毒死を遂げた、通称〈青梅事件〉を軸に展開。そして15年後、平成の闇を丸ごと背負ったブルーの運命が、さらなる事件を引き起こすのである。 老人介護の暗部に迫ったデビュー作『ロスト・ケア』を始め、社会派ミステリーの新旗手として評価の高い葉真中氏。ちなみに本作は尾野真千子主演でドラマ化された話題作『絶叫』とも世界を共有し、時代と個人の関係や平成史そのものを本格クライムノベルに結実させた、刑事〈奥貫綾乃〉シリーズの第2弾でもある。「本作も推理物ではありますが、当時14歳のブルーが青梅事件の現場にいたことは早々に読者に明かされていて、最後まで謎なのは『For Blue』の語り手くらい。『ロスト・ケア』の〈彼〉や本書の〈私〉にしろ、その呼称自体が謎を構造的に内包しているし、特に今回はこの私が誰かという謎で読者を牽引しつつ、自分なりの平成史を書くことに全力を注ぎました」(葉真中氏、以下「」内同) 昭和51年生まれの著者は団塊ジュニア世代にあたる。「僕は中学生の時に昭和が終わった就職氷河期世代で、バブル絡みの恨みつらみは、当然ながらあります(笑い)。 もちろんどんな時代にも、その時代なりの悩みはありますが、生まれる時代や環境を選べない以上、全てを個人の資質や選択に還元するのは無理があると思うんです。例えば自己責任論も平成に入って注目された論点の一つですが、同じ人間がある環境では犯罪者、ある環境では善人になることは当然ありえて、人間を描くことと社会を描くことは僕にとって不可分でした」 事件は私立高校に勤める長女〈篠原春美〉が終業式を無断欠勤したことで発覚する。現場からは元教師の父親と母親、春美と5歳の息子〈優斗〉の4人が血塗(ちまみ)れで見つかり、死因は絞死。また浴室では次女〈夏希〉が合法麻薬の過剰摂取で突然死しており、室内にはヒット曲〈『世界に一つだけの花』〉が延々流れていた。 夏希はこの16年間、引きこもり状態にあったらしく、光GENJIのポスターや尾崎豊のCDが並ぶ部屋を、〈昭和で時間が止まった〉と評した者もいた。藤崎らは薬物の入手先や共犯者の線を探り、やがてブルーという少年の存在に辿りつくが、なぜか政府筋から圧力がかかり、捜査本部は解散。事件は被疑者死亡のまま、15年後に持ち越されるのだ。◆負の側面も可視化してこそ小説〈平成の三〇年は、子供が減り外国人が増え続けた三〇年だ〉とあるが、児童虐待や子供の貧困、外国人技能実習制度の悪用など、昏(くら)い世相も平成の一部だった。「女子高生ブームやオタク文化といった事象を僕自身懐かしく思う一方、人が人を搾取し、排除する傾向が強まり陰湿になったのも平成の側面です。 例えば第II部で15年後の事件を担当する綾乃自身、娘を虐待しかねない自分を恐れて離婚した過去を持ちますが、彼女やブルーが育った環境だけが酷いわけではない。たぶん本作に書いたことは平成を生きた誰にとっても他人事ではないし、時代も現実も個人の力ではなかなか変えられないからこそ、想像力の出番だという気がするんです。 それこそ平成7年にオウム事件と阪神大震災が起き、平成23年に東日本大震災が起きたという鉄壁の事実を前に、小説は何ができるかを僕は考えてきました。作中に引いた『世界に一つだけの花』にしても、多様性の享受という解釈と、指標やモデルの喪失という解釈の両方が可能なはず。そうしたみんなが見ないことにしている負の側面をも可視化してこそ、僕は小説だと思う」 特に印象的なのが動詞だ。冷戦構造や対立軸を失ってあらゆる価値観が〈溶けた〉時代に、人は〈選ぶ〉こともできずに生まれ、もがき、綾乃の場合は苦悩の果てに我が子を〈手放す〉のだ。「言葉にも両義性があって、手放すも一見ネガティブな言葉ですが、娘のためには逆に賢明だったかもしれない。虐待や劣悪な労働環境から逃げるもそう。溶けた社会に対して、個人は何かを選び、手放すことで抗うしかなく、たとえ法的に正しくなかろうと一矢報いた人間の物語を、書きたいんです。 僕もロスジェネの恨みを書いて一矢報いてはいるし、小説で世界を変えようなんていう大げさな発想は、もう古いと思う(笑い)。むしろ誰もが時代や社会に否応なくコミットしている双方向的な関係の中で、自分も社会の一角で何物かを成しているという過小評価でも過大評価でもない自覚の蓄積が、令和の時代を作っていくと思うんです」 その前提すら与えられなかったブルーの短く哀しすぎる生涯を、おそらく平成を生きた誰もが断罪はできまい。【プロフィール】はまなか・あき/1976年東京生まれ。東京学芸大学教育学部中退。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を全選考委員絶賛のもと受賞し、作家デビュー。同作及び受賞後第一作『絶叫』は各ミステリーランキングで上位を獲得し、本年は『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞と第72回日本推理作家協会賞をW受賞するなど、目下最注目の社会派の新鋭。著書は他に『コクーン』『政治的に正しい警察小説』等。165cm、60kg、A型。構成■橋本紀子 撮影■国府田利光※週刊ポスト2019年6月14日号Blue
2019.06.06 16:00
週刊ポスト
舌をペロッと出した瞬間をキャッチ(写真/アフロ)
羽生結弦の偉ぶらない素顔、アイスショーFaOIの舞台裏
 5月24日、千葉・幕張イベントホールの特設アイスリンクでは『ファンタジー・オン・アイス2019』(以下FaOI)の初日公演が行われた。 2001年から開催されているFaOIは、国内外のトップスケーターが一堂に会する華やかなアイスショー。今回も紀平梨花(16才)、宮原知子(21才)ら日本のトップ選手に加え、平昌五輪金メダリストのアリーナ・ザギトワ(17才)や、“皇帝”エフゲニー・プルシェンコ(36才)ら世界の舞台で活躍する面々がそろった。その豪華な顔ぶれの中でひときわ熱い声援を浴びていたのは、やはり羽生結弦(24才)だった。 このショーの最大の見どころはアーティストの生演奏とスケーターとのコラボレーション。今回はToshlと羽生のコラボが実現した。 迎えた本番初日。オープニングを控えた午後5時、スケーターたちがストレッチルームで集中を高めていた。途中、ハイテンションの織田信成(32才)に話しかけられ、集中を解いて一緒になってキャッキャッと談笑していた羽生だが、本番直前には勝負師の顔に早変わり。 オープニングで全スケーターでの滑走を終えると、羽生はバックヤードに下がり、ケータリングの料理が並ぶ会場へ。母親の横でバナナやサラダなどの軽い食事をとり、出番に備えていた。「ここでは、ほかのスケーターが演技している曲が聞こえてくるのですが、歌手のBENIさん(33才)が歌う『瞳をとじて』が流れると、羽生選手は『この曲、大好き。泣けてくるぅ~』と、音楽に合わせて体を揺らしていました。周囲の人にも『瞳をとじてのイントロって泣けてきますよね!』と同意を求めていました」(ショースタッフ) この日のケータリングメニューはラムチョップ、豚の角煮などの肉類、ラザニア、白米などのほか、サラダ、みそ汁、フルーツなどが並んでいた。「よほど食事が気に入ったんでしょう。ザギトワやエリザベータ・トゥクタミシェワ(22才)らロシアの女子選手は、ガールズトークをしながらおいしそうに頰張っていました」(前出・ショースタッフ) 一方、軽く食事を済ませた羽生は、ケータリング会場を出て控室へと戻る。午後7時、出番が近づくとストレッチルームでひとり、黙々とストレッチを始めた。「バックヤードはかなり狭く、大勢の人が出入りするので混雑しているのですが、羽生選手は、すれ違う際、常に前からくる人に道を譲っていました。世界的スターだというのに、全然偉ぶることがないんです」(前出・ショースタッフ) 先に出番が来たのはToshlだった。Toshlは羽生以外の選手の演技でも生歌を披露したからだ。「ほかの選手とのコラボには、昨年11月に発売されたToshlのカバーアルバムから、日本の音楽シーンを代表する名曲が選ばれました」(フィギュア関係者) 午後8時30分頃、Toshlがリンク上の特設ステージに上がると、会場からどよめきが。彼が歌う松田聖子の『赤いスイートピー』に合わせて舞ったのは、アメリカのジョニー・ウィアー(34才)。続いて尾崎豊の『I LOVE YOU』では、スイスのステファン・ランビエル(34才)が華麗な演技を披露。2人の美しい動きとToshlのハイトーンボイスの融合に観客は酔いしれた。 そして、午後8時45分。リンクについに羽生が登場すると、会場のボルテージは最高潮に。羽生は、Toshlが熱唱する『マスカレイド』のリズムに合わせ、仮面をかぶるジェスチャーや、スピン、ステップなどを随所に盛り込んだプログラムで観客を魅了。興奮が冷めやらぬうちにフィナーレを迎えた。※女性セブン2019年6月13日号
2019.06.02 07:00
女性セブン
追悼・平成のスター 佐藤蛾次郎が語る渥美清さんの思い出
追悼・平成のスター 佐藤蛾次郎が語る渥美清さんの思い出
 平成の世が始まると同時に、昭和を華々しく駆け抜けたスターが相次いで亡くなった。“漫画の神”手塚治虫(1989年〈平成元年〉2月9日死去)や“昭和の歌姫”美空ひばり(1989年〈平成元年〉6月24日死去)、カリスマ的な人気を誇った俳優・松田優作(1989年〈平成元年〉11月6日)らが平成元年にこの世を去ったのは、昭和という時代の終焉を象徴する訃報といえた。 医療が飛躍的に発達し、「人生100年時代」が謳われるほど国民の平均寿命が堅調に延びる一方で、平成という時代の中で眩い輝きを放った尾崎豊(享年26、1992〈平成4〉年4月25日死去)や飯島愛(享年36、2008〈平成20〉年12月死去)、小林麻央(享年34、2017〈平成29〉年6月22日死去)など、その早すぎる死に多くのファンが涙した。 1960年代から1990年代まで、長らくお正月コメディとして親しまれた映画シリーズ『男はつらいよ』で共演した俳優の佐藤蛾次郎に、1996年に亡くなった主役の寅さんこと渥美清さんとの思い出を聞いた。「渥美さんにはよく食事をごちそうになったし、かわいがっていただきました。最初の出会いはフジテレビの『男はつらいよ』(1968~1969年)。山田洋次監督に、寅さんの弟分役で出演させていただいたのが始まりです。 訃報を聞いたときは信じられなくてね。その日夕方のテレビ番組に生出演してから、各メディアの取材を受けました。そこで初めて実感がわいて悲しみがこみ上げてきた。いつだったか忘れたけど、渥美さんが費用を出してくださり山田監督、倍賞千恵子さんらとタヒチに遊びに行ったことがある。完全にプライベート。あのときは楽しかったね」※週刊ポスト2019年3月1日号
2019.02.24 07:00
週刊ポスト
平成に消えたヤンキー文化 カマキリハンドル、ハブ毛チャリ
平成に消えたヤンキー文化 カマキリハンドル、ハブ毛チャリ
 あと3か月あまりで平成の歴史に幕が下りる。平成の30年間ですっかり見かけなくなったのが、ヤンキー・ツッパリ文化を感じさせるものだろう。 2002年のピーク時には約1300グループいた暴走族は、現在は183グループに減った(2018年度版警察白書より)。もはや田舎でも絶滅危惧種だ。46歳会社員はこう語る。「昔は幅広のボンタンや短ラン、裏ボタンなど違反の学生服を着ていきがっていたもんです。今みたいにブレザー全盛だと、そんな奴どこにもいないですよね。 通学用の自転車は、ハンドルを妙な角度に取り付けたり、2人乗り用のグッズを付けたり……。思い出すと、あの頃聴いていたBOOWYや尾崎豊が頭の中で流れ出します」 当時の中高校生に絶大な人気を誇ったのは「カマキリハンドル」と呼ばれた長めのハンドル。運転しやすさよりも、どれだけ極端な角度にできるかを競い合っていた。ママチャリの車軸には自転車購入時のサービス品として配られる「ハブ毛」をつける人が多かった。 また、地方により「立ち棒」「ステップ」とも呼ばれたハブステップは、表向き用途は伏せられていたが、明らかに2人乗りの“足場”に使われていた。 甘酸っぱい懐かしさが甦る。※週刊ポスト2019年2月8日号
2019.01.31 16:00
週刊ポスト
平成にカラオケで歌われた曲TOP20 『天城越え』4位で尾崎9位
平成にカラオケで歌われた曲TOP20 『天城越え』4位で尾崎9位
 たくさんのヒット曲が生まれた平成の時代にもっとも歌われた曲は何なのか。1994年4月~2018年10月の期間にもっともカラオケで歌われた曲ベスト20を紹介する(第一興商通信カラオケDAM調べ)。第1位 一青窈『ハナミズキ』第2位 MONGOL800『小さな恋のうた』第3位 高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』第4位 石川さゆり『天城越え』第5位 スピッツ『チェリー』第6位 SMAP『世界に一つだけの花』第7位 AI『STORY』第8位 GReeeeN『キセキ』第9位 尾崎豊『I LOVE YOU』第10位 夏川りみ『涙そうそう』第11位 石原裕次郎『北の旅人』第12位 サザンオールスターズ『TSUNAMI』第13位 吉幾三『酒よ』第14位 桂銀淑・浜圭介『北空港』第15位 五木ひろし・木の実ナナ『居酒屋』第16位 シャ乱Q『シングルベッド』第17位 湘南乃風『純恋歌』第18位 レミオロメン『粉雪』第19位 コブクロ『桜』第20位 ORANGE RANGE『花』 演歌人気がやや衰え、平成はJ-POP全盛期となった。この先も歌い継がれるであろう曲が多くランクインしている。「昭和の曲は誰でも歌いやすい音程でしたが、平成の曲はキーの高さや抑揚のつけ方など難易度がアップ。その分、歌いこなせれば、非常にうまく聞こえる曲が増えました」(テレビ解説者でコラムニストの木村隆志さん)「『世界に一つだけの花』は平成で売れたシングルCDの1位です。“ナンバー1ではなくオンリー1”という歌詞も競争社会ではなく、個性や自分らしさを重んじる時代の象徴。そして、言わずもがなSMAPは平成を代表するグループです」(トレンドウォッチャーのくどうみやこさん)。※女性セブン2019年1月3・10日号
2018.12.27 07:00
女性セブン
「平成四年」はどんな年? 冬彦さん現象や「ねぇ、チューして」
「平成四年」はどんな年? 冬彦さん現象や「ねぇ、チューして」
 平成最後の夏を迎えている。あなたは、平成の出来事をどれくらい覚えているだろうか? ここでは、平成四年(1992年)を振り返ってみよう。 夏季冬季、2つのオリンピックが開催された平成四年。冬季では日本過去最多のメダル7個を獲得。夏季のバルセロナ五輪では、女子水泳で14才の岩崎恭子が日本初の金メダル。女子マラソンで有森裕子が銀メダルと、合計22個のメダルを獲得した。 3月、東海道新幹線に300系『のぞみ』がお目見え。東京~大阪間の所要時間が2時間半に短縮された。 10代のカリスマとして人気を博した歌手・尾崎豊が急逝したのもこの年。東京・文京区の護国寺で行われた追悼式には、約4万人のファンが集まった。また、同年10月には女優の太地喜和子が乗っていた車が海へ転落。48才という若さでこの世を去った。 1月の大相撲初場所で19才5か月の史上最年少優勝に輝いた貴花田と宮沢りえが11月に婚約会見。手と手をつないだラブラブ会見後わずか2か月で破局。 前年から年末年始を挟んだ約20日間、ダスキンのCMキャラクターに起用されると同時に一躍国民的アイドルとなったのが、100才の双子姉妹「きんさん・ぎんさん」こと成田きんさんと蟹江ぎんさん。 新語・流行語年間大賞のほか、「うれしいような、かなしいような」、貴花田と宮沢の婚約の感想を求められて答えた「はだかのおつきあい」も語録賞を受賞。 テレビでは、ドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)の冬彦さん現象が巻き起こり、アニメ『美少女戦士セーラームーン』(テレビ朝日系)の決め台詞「月に代わってお仕置きよ」が子供たちに大流行。 化粧品CMからは「ねぇ、チューして」と唐沢寿明におねだりする水野美紀がブレーク。商品では、ワコールから胸を寄せて上げる『グッドアップブラ』。プチプチとした新触感のタピオカを用いた食品も大ヒットした。■平成四年の主な出来事1月7日  米ブッシュ大統領来日3月5日  千葉・市川一家4人殺人事件4月7日  日本初の顕微授精ベビー誕生4月25日  歌手の尾崎豊(享年26)が死去6月15日  国際平和維持活動(PKO)成立、自衛隊カンボジア派遣(9月~)7月25日  バルセロナ五輪開幕10月23日 天皇皇后両陛下が初の中国訪問11月27日 貴花田と宮沢りえが婚約会見12月1日  きんさんぎんさんが新語・流行語大賞の年間大賞を受賞12月19日 『クイズダービー』(TBS系)放送終了。17年の歴史に幕12月31日 チェッカーズが『第43回NHK紅白歌合戦』出場を最後に解散※女性セブン2018年9月20日号
2018.09.11 16:00
女性セブン

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