「いかなる既得権益も私のドリルの刃から無傷ではいられない」
安倍晋三首相は6月2日に東京で開かれた世界経済フォーラムのスピーチで、各国からの参加者を前にそう胸を張った。しかし、そのドリルの刃は岩盤規制といわれる既得権を持つ側ではなく、むしろ国民生活に向けられている。
2年ほど前、「プラチナバンド」という言葉が流行した。これは電波が通じやすい周波数帯のことで、総務省は2012年にテレビの地デジ移行で空いた「900メガヘルツ帯」をソフトバンクに割り当てた。つながりにくい周波数帯だったソフトバンクのスマホを持つユーザーは、このプラチナバンドの取得で快適な通信環境になるはずだった。
ところがそれから2年、まだ移行は終わっていない。900メガヘルツ帯にはタクシー無線という先客がいて、立ち退き交渉が長引いているためだ。
タクシー無線のプラチナバンドの権利の大部分を握っているのは一般財団法人移動無線センターだった。民主党政権下の仕分け会議で総務省の天下り団体と指摘された組織だ。利用者はわずか28万人で、ソフトバンクに比べると2桁少ない。ここが居座ったことで周波数帯の明け渡しが進まなかった。
諸外国では周波数帯は電波オークションと呼ばれる入札によって利用できる団体が決められている。日本もその方式ならばもっと早く、多くの利用者がプラチナバンドを利用できるはずだったが、総務省の裁量で割り当てるため、無駄な時間が掛かってしまう。その「裁量」こそが役人の権力の源泉なのだ。ちなみに、この電波割り当てで労せずして利益をあげている代表のひとつが、安倍ヨイショに余念がないテレビ各局である。
安倍政権は「直ちに周波数オークションを導入することは考えておりません」(新藤義孝・総務大臣答弁)と導入しないことを決めている。ドリルを向けるどころか、岩盤規制は無傷で天下り利権が守られた。
他にも昨年秋の臨時国会で成立した法律によって、タクシー料金への規制強化がなされ、格安タクシーが値上げを強制される事態も起きている。
タクシー業界は「国交省の天下りの巣窟」である。料金を横並びにすることで価格競争を無くし、自らの裁量権を拡大して天下り先を温存することが役所の狙いだ。安倍首相はそうした既得権を温存し国民生活に負担を強いる法律を堂々と国会で通したのだ。
※週刊ポスト2014年6月27日号