様々な魚が提供されているのに、マグロばかりに話題が集中するのはもちろん理由がある。天然のクロマグロは乱獲され個体が激減し、危機が叫ばれている。水産庁は2015年以降、未成魚の漁獲量を大幅に規制し基準に比べ5割削減と定めたばかり。世界一のマグロ消費国・日本で、クロマグロを食べ続けるには?
「完全養殖」しか道はない。しかし、クロマグロの養殖は技術的に非常に難しく、誰も成しえない「夢」のまた「夢」だった。
「マグロはあまりにもナイーブで独特な魚です。ちょっとの刺激でもパニックを起こし、生け簀の壁に激突したり共食いしたり。皮膚がとても薄く傷つきやすいので病気にもかかりやすい。いまだに外観からオスメスが判断つかないなど、謎も多い。私たちはマグロの卵を孵化し成魚に育て産卵させるという完全養殖を実現しました。が、今でも成魚に育つ割合はたった5%しかありません」と岡田氏。それでも近大が世界初の完全養殖に成功した秘訣とは?
「水産研究所の歴史にあるでしょう」
今から遡ること65年。戦後食糧難の時代、近大初代総長の世耕弘一は「海を耕せ」と提唱し、和歌山県に水産研究所を設立。それ以後、次々に世界最先端の養殖ビジネスを切り拓いてきたのだ。
「例えば世界中で行なわれている小割式という生け簀の養殖法もここで開発されました。ブリ、ハマチ、ヒラメと養殖技術を確立して、次はクロマグロと言われたのが1970年代。しかしそれからが困難の連続で、長い時間がかかってしまいました」
マグロに適した餌の配合、生け簀の形態や素材。全てがわからないことだらけ。11年間、産卵が止まった時期も。心が折れそうなスタッフ。しかし、大学総長は「生き物とはそういうもの」とマグロ研究を切り捨てなかった。失敗しても立ち上がる情熱のもと、2002年、いよいよ技術を駆使してクロマグロの完全養殖に成功。実に、「苦節32年」の物語だった。さらに改良を重ね、やっと今の大行列にたどり着く。
「でも私たちの役割は、『魚を売って儲けること』じゃないんです」と岡田氏はまた意外なことを口にした。 「培った技術で養殖業者にもっと稚魚をたくさん供給して、養殖産業や魚食文化を盛り上げたい。誰か一人が勝つのではなく、魚に関わるみんなが笑えるようにしたい」
※SAPIO2014年8月号