四十二年前のこの小説の衝撃は、特別養護老人ホームなどの福祉施設の増加はあっても、人口の高齢化がいっそう進む現在において、過去のものとなるばかりか、ますます切実な現実として響いてくる。またこの小説は経済成長のなかでわが国の社会と家族の在り方がおおきく変化し、とくに家庭における主婦が、いわゆる「家事」から「社会」参加へと移り変わっていく時期を反映していた。
その意味で主人公は昭子であり、この作家がデビュー作以来のテーマとしてきた、艱難や差別を乗り越えて社会の地平に力強く立つ「女の生き方」が正面から描かれている。さらに、長い人生を営々と歩んできて、その果てに「醜い姿をさらしながら饐え腐っていくような」老いをむかえねばならないとすれば、「人は何のために生きるのか」という人生への普遍的な問いがある。それは「人間は誰のために生きるのか」という最も現実的な問いに重なる。
昭子が自分の生活を犠牲にしてでも、一所懸命に義父の世話をするのは、この問題をしっかりと見据えようとしているからである。この一点において、『恍惚の人』は時代に消費されるベストセラーではなく、時代を越えて読み継がれている文学作品なのである。
※SAPIO2014年9月号