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「悪人はさらし者」社会でいいのか 神戸女児遺棄事件を前に 

 人権がいとも簡単にないがしろにされているのではないか。フリー・ライター神田憲行氏は「当たり前のことを主張するのに勇気が要る社会」という。

 * * *
 神戸市長田区の女児に対する殺人・死体遺棄事件は衝撃を多くの人に衝撃を与えた。わずか6歳の小さな女の子の遺体を切断して無造作に捨てるという犯人の所業に、極刑を望む声がネットで目に付いた。極論を煽って注目を集めるのは一部の人の「楽しいネットライフ」なのはもう知っているのでいまさらナイーブに反応はしないが、ふと、亡くなった私の大学の先輩を想い出した。今から10年以上前の昔話になるが、少し付き合っていただきたい。

 先輩はとある事件の被告人の弁護人をしていた。大勢の人が死んだ有名な事件だ。まず事件が起きた地元の弁護士会が中心になって弁護団をまとめ、先輩は地元ではなかったがマスコミ対応が上手かったので、そのスキルを買われて弁護団に参加した。

 マスコミ対応の弁護士だからメディアの窓口になる。しかも被告人が容疑を否認していたので、メディアが少しでも被告人を犯人扱いしたり、事件と関係ない被告人の家族を取材しようとすると、先輩は粘り強くひとつひとつに強く警告を出していった。「大悪人をかばう弁護士」というわかりやすいレッテルを貼られた。事務所員の女性が外に出た途端、フリージャーナリストからバシャバシャと写真を撮られて、先輩が取っ組み合いをしたこともある。

 しかし先輩がいちばん憤ったのは、メディアの取材ぶりではなかった。ワイドショーのコメンテーターに出演していた弁護士が「被告人はかなりの保険金を入手していますから、弁護士もそれが目当てでしょう」と言い放ったことだった。

 その事件では先輩も弁護団も、手弁当で参加していた。「保険金目当て」で弁護を引き受けるなどとは誤解も甚だしい。人権の基本をないがしろにする発言が同業の弁護士から出たことも許せなかった。

 凶悪事件が起きると、逮捕された容疑者・被告人に対して、「奴等を早く吊せ」と叫ぶ人たちから「石」が投げつけられる。その家族にも石が投げられる。弁護する弁護士にも石が投げられる。その石が弁護士からも投げつけられた。

 今回の神戸の事件に戻る。事件に関して流れてくるツイートを見ていて、ショックなものがあった。今回の事件で逮捕された容疑者の名前が最初匿名だったことに対し、若い新聞記者の方が、

「このような凶悪な事件の場合は、加害者の名前を出すべき」

 といった趣旨のことをツイートしていたからだ。容疑者の名前が当初伏せられたのは、その責任能力に疑問があったからだろう。それを踏まえてもなお記せという。そこにあるのは犯罪報道おける実名主義という報道の考えではなく、「悪人」をさらし者にせよという報復感情だけである。

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