ライフ

【著者に訊け】恋愛小説の名手・唯川恵の初時代小説『逢魔』

【著者に訊け】唯川恵さん/『逢魔』/新潮社/1728円

「牡丹燈籠」「番町皿屋敷」「蛇性の婬」「怪猫伝」「ろくろ首」「四谷怪談」「山姥」「源氏物語」のよく知られた古典の名作を題材に得て、恋愛小説の名手が、これまでになく大胆な性愛描写とともに、死んでなお相手を思う愛憎を綴った野心作。初めての時代小説になる。

 * * *
「牡丹燈籠」「四谷怪談」といった怪談や古典を、命をかけた恋をめぐる、官能的な物語として現代に蘇らせた。

 恋愛小説の名手は、このところ、少し窮屈さを感じていたという。

「今、若い人の恋を書くなら、就職難や貧困の問題についても触れなきゃいけない。さまざまな情報を盛り込まなくてはならないし、恋にうつつを抜かしてる場合じゃないだろう、という風潮もある。そんなとき、時代小説という設定なら恋に命をかけるのも不自然ではないと気づいたんです。新しいチャレンジをしたいという気持ちもありましたし」(唯川さん、以下「」内同)

「牡丹燈籠」の主人公の新三郎の非業の死を恋の成就に、家宝の皿を割った女中お菊が手打ちにされる「番町皿屋敷」をレズビアンの物語にするなど、思いきってアレンジした。原典にはほとんど描かれていない性愛の場面は大胆に美しく、せつない息づかいまで聞こえてきそう。

「濡れ場を現代小説で書くのって生々しくなりすぎますけど、幽霊が出てくるような世界でなら(笑い)、自由に照れないで書くことができました。女性器や男性器にも、さまざまな情緒のある呼び名がありますし、町人言葉や武家言葉を書き分けてみるのも面白かったですね」

 古い物語の中で、思いを残して幽霊や物の怪に姿を変えるのは、いつも女性だ。

「怪談って、どこか美しさや色っぽさがないと平坦になってしまう。怖いけど美しい、怖いけど哀しい、怖いけどせつない。怖さの一歩、奥にあるものを書きたいと思いました」

 生霊となって恋敵を呪い殺す、「源氏物語」の六条御息所の独白にも、身につまされる哀しさがある。

「六条って現代人に近いですよね。プライドが高くて、年下の男性との恋で、本当は好きなのにそう言えないところは、千年の時を超えても人は同じなんだな、って」

「恋愛は、怖いこと」だと唯川さんは言う。

「本当は、命をかけるぐらいのことじゃないかなって私は思うんです。ひとりでいるのが不安だから誰かとくっついたり離れたりって、それは恋愛じゃない。心から愛せる相手を知って、自分がどう変わっていくのか見るのは結構、怖いこと。この本では、『そこまで行くのか』という恐ろしさも書いてみたかった」

 本のタイトルは、「夢魔の甘き唇」(「ろくろ首」)で、冒頭の一文、「男が現れたのは逢魔が時である」と書いた瞬間に決まった。

 命がけの恋に出逢う幸福と不幸を描いた、鮮烈な短編集である。

【著者プロフィール】唯川恵(ゆいかわ・けい):1955年石川県生まれ。2001年『肩ごしの恋人』で直木賞、2008年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。1984年のデビューから2014年で30年になる。「よく30年も生き残って書き続けて来られたなぁと。恋愛小説に限らず、これからも新しい唯川を出していきたいと思っています」。

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン2015年1月8・15日号

関連記事

トピックス

夜の街にも”台湾有事発言”の煽りが...?(時事通信フォト)
《“訪日控え”で夜の街も大ピンチ?》上野の高級チャイナパブに波及する高市発言の影響「ボトルは『山崎』、20万〜30万円の会計はざら」「お金持ち中国人は余裕があって安心」
NEWSポストセブン
東京デフリンピックの水泳競技を観戦された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年11月25日、撮影/JMPA)
《手話で応援も》天皇ご一家の観戦コーデ 雅子さまはワインレッド、愛子さまはペールピンク 定番カラーでも統一感がある理由
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんを支える「絶対的味方」の存在とは
《ドッグフードビジネスを展開していた》大谷翔平のファミリー財団に“協力するはずだった人物”…真美子さんとも仲良く観戦の過去、現在は“動向がわからない”
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
悠仁さま(2025年11月日、写真/JMPA)
《初めての離島でのご公務》悠仁さま、デフリンピック観戦で紀子さまと伊豆大島へ 「大丈夫!勝つ!」とオリエンテーリングの選手を手話で応援 
女性セブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(読者提供)
《足立暴走男の母親が涙の謝罪》「医師から運転を止められていた」母が語った“事件の背景\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\"とは
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン