ライフ

特攻隊員の手紙集め続けた旧帝国軍人 関連品1.4万点を収蔵

 愛知県犬山市に住む89歳の板津忠正氏は、旧帝国陸軍第213振武隊に所属した「元特攻隊員」だ。

 戦後数十年にわたり、板津氏は特攻隊の遺族を捜し歩き、遺書や遺影の収集を続けてきた。自宅には全国を巡って集められた貴重な記録の写しが保存されている。板津氏は戦友の遺族を訪ね歩くようになった動機をこう語る。
 
「特攻隊員は死ぬのが当然だったので、何よりも自分だけが生き残ってしまって申し訳ないという思いがありました。とにかく隊員のご遺族に謝りたいという気持ちでした」
 
 大正14年生まれの板津氏は、18歳の時に民間パイロットを養成する逓信省米子航空機乗員養成所に入所。その後、戦況の悪化により陸軍に入隊した。昭和20年4月20日には、特別攻撃隊員として振武隊入りを命じられた。
 
 同5月28日、97式戦闘機に乗って鹿児島県の知覧特攻基地から出撃する。だが、途中でエンジンが停止し、徳之島の海岸に不時着。救出された板津氏は生きて基地に戻り、同じ日に知覧を飛び立った他の29機を再び見ることはなかった。板津氏が振り返る。
 
「一緒に志を遂げようと誓い合った仲間が皆、先に逝ってしまった。早く次の出撃命令を出してくれと毎日のように司令部に押しかけ、夜も眠れませんでした。しばらくして待ちわびた2度目の出撃命令が出ましたが、当日は土砂降りの雨で作戦は中止。そして6月の終わりには沖縄が陥落して特攻作戦自体がなくなりました」
 
 本土決戦要員となった板津氏は20歳で玉音放送を聞いた。終戦後は愛知県名古屋市役所に就職し、自分が所属した隊の遺族を捜し始めた。
 
「残された者を悲しませないため、特攻隊員は黙って出撃していきます。家族のもとにはある日突然、訃報や遺書が届くのです。遺族は息子や兄弟がどのような最期を遂げたのかほとんどわかりません。だから、自分が見た限りのことを残された皆さんに伝えたいと考えました」
 
 しかし、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下では、特攻隊員の名簿を入手する術などない。
 
 板津氏は仲間と交わした会話の記憶を頼りに全国を歩き、少しずつ遺族との出会いを重ねた。その後、自らが所属していた隊以外の遺族も訪ねるようになった。
 
 板津氏の収集活動により、平成7年には陸軍特攻隊1036人全員の遺影が集まり、そのすべてが会館に展示された。

 現在、手紙や遺品も含めた関連品1万4000点が収蔵されている。なかには保存状態が悪く劣化が激しい手紙もあったため、特殊な印刷機でレプリカを製作して展示品と差し替え、真筆を所蔵庫に保存する作業が進められている。記録を後世に残すための取り組みであり、毎年60万人以上が会館を訪れている。

※週刊ポスト2015年1月16・23日号

関連キーワード

トピックス

女優・遠野なぎこ(45)の自宅マンションで身元不明の遺体が見つかってから2週間が経とうとしている(Instagram/ブログより)
《遠野なぎこ宅で遺体発見》“特殊清掃のリアル”を専門家が明かす 自宅はエアコンがついておらず、昼間は40℃近くに…「熱中症で死亡した場合は大変です」
NEWSポストセブン
俳優やMCなど幅広い活躍をみせる松下奈緒
《相葉雅紀がトイレに入っていたら“ゴンゴンゴン”…》松下奈緒、共演者たちが明かした意外な素顔 MC、俳優として幅広い活躍ぶり、174cmの高身長も“強み”に
NEWSポストセブン
和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんの「冬のホーム」が観光地化の危機
《白パーカー私服姿とは異なり…》真美子さんが1年ぶりにレッドカーペット登場、注目される“ラグジュアリーなパンツドレス姿”【大谷翔平がオールスターゲーム出場】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
ロッカールームの写真が公開された(時事通信フォト)
「かわいらしいグミ」「透明の白いボックス」大谷翔平が公開したロッカールームに映り込んでいた“ふたつの異物”の正体
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン