ライフ

「日本に来て、日本に生かされている」王貞治氏父の教えとは

 阪神淡路大震災から20年。いまだ乗り越えられない壁について、フリーライター・神田憲行氏が考える。

 * * *
 日経新聞の名物企画「私の履歴書」で、元日から王貞治さんの連載が始まった。まだ序盤だが、王さんの父・仕福さんの生き方に早くも胸が詰まる思いがする。

 仕福さんは中国浙江省の出身で、20歳のころ、先に来日していた親類を頼って日本に出稼ぎに来た。最初は工場勤めだったが、料理を覚え、墨田区で中華料理屋を営むようになる。その仕福さんから王さんがとにかく叩き込まれた教えが、

「日本に来て、日本に生かされている」

 ということだったという。

 仕福さんは閉店したあとでも近所の人が「なにか食べさせて」と来れば、再び火をおこしてラーメンを提供した。町内でいち早くカラーテレビを購入すると、プロレス中継のときは店を開放して近所の人にも見せた。そうした近所づきあいのおかげで、王さんは子どものころ一度も「中国人の子ども」とイジメられたことはなかったそうだ。

 早稲田実業に進み、初めてのデビュー戦で王さんは完封勝利を挙げた。ベンチ前でグラブを放り投げて喜ぶと、兄の鉄城さんから

「おまえは相手の気持ちを考えたことがあるのか」

 ととがめられた。王さんはいう。

《そこには父の教えがあった。「日本に来て、日本に生かされている」という父は偉ぶったりおごったりしているして反発を買うことを戒めていた。この一件以来、私は感情を出さないようになった。(中略)プロとしては面白みに欠けたかもしれない。それには王家の生き方も関係している》

 ハンク・アーロンの持つ本塁打世界記録越えが目前に迫ると、王さんの自宅には朝からサインを求める小学生でごったがえしたという。王さんは訪れた子どもたち全員にサインをしてから球場に出かけた。世界記録の756号を打ったときは、一瞬バンザイをしただけで、すぐ淡々とホームベースを回った。

《すぐ相手の鈴木康二朗投手のことが気になった。一塁をまわったところでマウンドをみやった》

 周囲と折り合いを付けて、波風立てぬように生きる仕福さんの教えは、「世界の王」となった瞬間でも、王さんの胸から抜けることなかった。

 話は20年前の1995年1月17日に飛ぶ。

 阪神淡路大震災を私は奈良の実家で経験した。早朝、突き上げる揺れに寝ている足が頭より高く上がったのを覚えている。

 約1か月後、親しくさせていただいている大阪外語大学のベトナム語科教授の提案で、神戸市長田区の公園に避難しているベトナム難民の方たちへの炊き出しボランティアに行った。電車とバスを乗り継いで梅田から3、4時間かかったと思う。

 公園の真ん中に鍋を揃えて、教授はカインチュアなどベトナム料理を作ってベトナム人被災者たちに振る舞った。料理ができない私は支援物資の配給の仕事を手伝った。当時ニュースでベトナム難民被災者の存在が繰り返し報道されたこともあり、全国からベトナム人宛の支援物資が届けられていた。

 同じ公園には日本人被災者も多数いて、彼らへの支援物資の配給は公園にテントを張って行われていた。テント内のテーブルに支援物資の段ボールが置かれ、それを被災者の方たちがカフェテリア方式で好きなものを取って帰る。

 ところがベトナム人被災者向けのそれは違っていた。

 公園の隅に外から見えないよう壁で仕切られた一角があり、そこで支援物資を分けた。地面に「グエン」とかベトナム人家族の名前が書かれた段ボールを置き、そこに支援物資を適当に投げて込んでいく。家族構成とか気にしなくてよく、子どものいない家庭に子ども用の靴下が届けられても、あとで彼ら同士で融通しあうということだった。そうやって仕分けられた段ボールは夜中を待って各家族に引き取られていった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

母・佳代さんのエッセイ本を絶賛した小室圭さん
小室圭さん “トランプショック”による多忙で「眞子さんとの日本帰国」はどうなる? 最愛の母・佳代さんと会うチャンスが…
NEWSポストセブン
春の雅楽演奏会を鑑賞された愛子さま(2025年4月27日、撮影/JMPA)
《雅楽演奏会をご鑑賞》愛子さま、春の訪れを感じさせる装い 母・雅子さまと同じ「光沢×ピンク」コーデ
NEWSポストセブン
自宅で
中山美穂はなぜ「月9」で大記録を打ち立てることができたのか 最高視聴率25%、オリコン30万枚以上を3回達成した「唯一の女優」
NEWSポストセブン
「オネエキャラ」ならぬ「ユニセックスキャラ」という新境地を切り開いたGENKING.(40)
《「やーよ!」のブレイクから10年》「性転換手術すると出演枠を全部失いますよ」 GENKING.(40)が“身体も戸籍も女性になった現在” と“葛藤した過去”「私、ユニセックスじゃないのに」
NEWSポストセブン
「ガッポリ建設」のトレードマークは工事用ヘルメットにランニング姿
《嘘、借金、遅刻、ギャンブル、事務所解雇》クズ芸人・小堀敏夫を28年間許し続ける相方・室田稔が明かした本心「あんな人でも役に立てた」
NEWSポストセブン
第一子となる長女が誕生した大谷翔平と真美子さん
《真美子さんの献身》大谷翔平が「産休2日」で電撃復帰&“パパ初ホームラン”を決めた理由 「MLBの顔」として示した“自覚”
NEWSポストセブン
不倫報道のあった永野芽郁
《ラジオ生出演で今後は?》永野芽郁が不倫報道を「誤解」と説明も「ピュア」「透明感」とは真逆のスキャンダルに、臨床心理士が指摘する「ベッキーのケース」
NEWSポストセブン
渡邊渚さんの最新インタビュー
元フジテレビアナ・渡邊渚さん最新インタビュー 激動の日々を乗り越えて「少し落ち着いてきました」、連載エッセイも再開予定で「女性ファンが増えたことが嬉しい」
週刊ポスト
主張が食い違う折田楓社長と斎藤元彦知事(時事通信フォト)
【斎藤元彦知事の「公選法違反」疑惑】「merchu」折田楓社長がガサ入れ後もひっそり続けていた“仕事” 広島市の担当者「『仕事できるのかな』と気になっていましたが」
NEWSポストセブン
お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(61)と浜田雅功(61)
ダウンタウン・浜田雅功「復活の舞台」で松本人志が「サプライズ登場」する可能性 「30年前の紅白歌合戦が思い出される」との声も
週刊ポスト
4月24日発売の『週刊文春』で、“二股交際疑惑”を報じられた女優・永野芽郁
【ギリギリセーフの可能性も】不倫報道・永野芽郁と田中圭のCMクライアント企業は横並びで「様子見」…NTTコミュニケーションズほか寄せられた「見解」
NEWSポストセブン
ミニから美脚が飛び出す深田恭子
《半同棲ライフの実態》深田恭子の新恋人“茶髪にピアスのテレビマン”が匂わせから一転、SNSを削除した理由「彼なりに覚悟を示した」
NEWSポストセブン