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【書評】自ら死に向かって生きている人の心にとどく言葉とは

【書評】『あなたを自殺させない 命の相談所「蜘蛛の糸」佐藤久男の闘い』中村智志/新潮社/1500円+税

【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)

 ふつう病にせよ事故にせよ、死は向こうからやってくる。いっぽう自殺を口にする人は、死を待ってはいない。いわば死に向かって生きている。死に対する姿勢がまるでちがうのだ。おのずと語りかける言葉もちがう。さもないとその人の心にとどかない。

『あなたを自殺させない』は、秋田で命の相談所を開いて活動をつづけている佐藤久男(七十一歳)の記録である。三十四歳で独立して会社をおこし、ひところは年商十億円をこえたが、景気低迷のあおりをくらって倒産。五十代の末はうつ病に苦しんで、しばしば自殺の幻覚に駆られた。

 立ち直ってのち、NPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げた。戦後経済を支え、地域に貢献してきた中小企業ではないか。経済的な結果責任にとどまることを、どうして命で償おうとするのか。

 相談は原則として無料。そのやり方が興味深い。何時間かかろうとも相手の話をじっと聞いている。そして何度でも聞き役に応じる。人の話を最後まで聞くのは、実はとても難しいことなのだ。たいてい、われ知らず口をはさみ、話を引きとって自分の方にもっていく。本来の語り手が聞き役に逆転したとき、大切な糸が切れている。

「相談経験を重ねても『死にたい』と口にする人間がどこまで本気なのか見抜くことは難しい」

 にこやかでも死を決意した人。元気そうだけど「何か歯車が合ってない」人。どの場合も、当の人を前にしての「直感」を信じるしかない。自分また他者でつちかってきた勘ばたらきだ。とともに死に向かって生きている人の日常には「果てしない哀しみ」が流れていることをよく知っている。

 著者は大手の新聞社勤めのかたわら、あしかけ三年にわたり、くわしくこの実践者を取材した。「命の守り人」は努力する天才でもあって、その人への深い敬愛と親しみが、息づかいの感じとれる、血の通ったノンフィクションを生み出した。取材の前に味噌煮込みうどんをすすり込む音まで聞こえてくる。

※週刊ポスト2015年1月16・23日号

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