ただ、実際は大変でしたね。刀を差したまま角が曲がれなかったくらいです。それでも緒形拳さんはニコニコ笑いながら『そんなこと気にしないでいいよ』って言ってくれました。あの人は新国劇にいたから立ち回りも所作も上手い。それで『こう立った方がいい』とか助言もくれましたし、こちらもお芝居を見ながら『そうか、なるほど』と目で盗んでいきました。
緒形さんが凄いのは、普段と芝居とで顔が全く違うことです。しかも表情を変えようとしてそうなるんじゃなくて、お腹の中の気持ちで変わっている。特に驚いたのは、秀吉が歳とって偉くなるのにしたがって、緒形さんもそう見えていったことです。そのことを緒形さんに言ったところ、『役に慣れてくると、偉くなったように見える。長い間やるんだから、そう思えばいいんだよ』と。
たしかに最初は慣れないから芝居もチョコチョコしちゃうんですが、慣れてくるとゆったりしてきて、位も上がったように見えてくるんですよね。
後になって大河ドラマの『天と地と』で主演した時にその言葉が頭に残っていたから、意気込んでやりませんでした。段々とこの場に慣れていけば、上杉謙信としての風格も出るようになるんだと思って演じました」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)、『時代劇ベスト100』(光文社新書)ほか。責任編集をつとめた文藝別冊『五社英雄』(河出書房新社)も発売中。
※週刊ポスト2015年2月13日号