最先端を行く、専門誌の世界を紹介──。今回は「最新の塗料・塗装情報を発信する国内唯一の月刊誌」を取り上げます。
『月刊塗装技術』
◆創刊:1962年
◆刊行ペース:毎月1日発行
◆部数:2万部
◆読者層:各種生産会社技術担当部課、建築塗装土木塗装関連業者、塗料メーカー技術担当部課ほか。
◆定価:1300円
購入方法:全国主力書店ほか、発売元・理工出版社に直接注文。
船、飛行機、ロケット、宇宙衛星、戦闘機、自動車、建物の外と内、鉄橋、カメラ、パソコン…。
「とにかく世の中に存在する“物”で塗装と無縁のものはありません。ありとあらゆるものは塗られています」と、記者の厚塗り顔をジッと見ながら、野本実編集長(58才)は断言する。
「たとえば、このテーブル板もスチール製の椅子も、壁も、ドアも、ほら、その携帯も」
携帯電話のどこを? 眺めつ、すがめつしていると、「タッチパネルに指紋がつかないよう透明な“指紋付着防止塗料”が塗ってあります」と言う。“ペンキ塗り”だけではない、私たちの知らない塗装の世界がありそうだ。
塗装の目的は保護と美観と機能の3つ。
保護とは、風雨にさらされ放っておくと朽ち果てる、日本全国のあらゆる物を守ること。そのために、定期的に塗装が行われているのだが、その経済効果は「年間4兆円相当」…と聞いても、あまりに大きな額でピンとこない。
2つ目は美観。塗料による美観が、いかんなく発揮されているのがテーマパークだ。
日本一のテーマパーク、東京ディズニーランドを例にとると「イッツ・ア・スモールワールド」や「シンデレラ城」の鮮やかな色と、それと対極をなす「ビッグサンダー・マウンテン」の古びた岩肌の色と、どれもこれも、すべて塗装技術の粋を集めて、世界観を作りあげたものだという。
「それだけじゃありません。海の近くのテーマパークはたえず海塩粒子にさらされているので、錆び対策もしなくてはなりません。保護と美観と両方を求められます」
そして、塗装の3つめの目的は機能。身近なところでいえば、電信柱に張り紙ができないようにする塗料もあれば、ガラスに塗って紫外線をカットしたりする機能性塗料もある。また、夏に力を発揮する、屋上に塗ると光を反射して室温を下げる塗料もある。
さらに大きな話をすれば、ロケット。地球の大気圏を突破するときに高い摩擦熱を生む。それに耐えられる塗料をボディーに塗っているのだそう。「それは、どんな?」と、身を乗り出すと、「ま、フライパンやファンヒーターですね。あれと同じ成分を、限界まで強力にした塗料です」
塗装業界とかかわって36年の野本さんの話は、大が小になり、小が大になる。
「ロケットでも、女性の顔でも大まかな工程は同じ。塗装をするためにはまず、油や汚れを落として、塗る面をきれいにする下作業から始めます。しかし、塗装は湿気が大敵。梅雨時は外の塗装はできません。昔から『大工殺すに刃物はいらぬ 雨の3日も降ればよい』という言葉がありますが、塗装工も同じですね」
ちなみに東京タワーは、ほぼ5年に1度の周期で約1年かけて外観塗装を補修するが、作業時間は日の出から営業を開始する午前9時まで。塔の上から順に足場を組んで下作業をし、下塗り、中塗り、上塗りと、全て人がハケを使っての作業だ。
同誌の『塗装用語集』では、塗装の際の失敗用語が多く掲載されている。
〈色別れ(いろわかれ)…塗膜の色が部分的に不均一なこと。塗料が乾燥する過程で、顔料同士の分布が不均一になり、塗膜の色がまだらに見える状態…〉
〈流れ(ながれ)…たれ、たるみ…〉
〈艶やせ(つややせ)…光沢不足、曇り、艶引け…〉
〈ゆず肌(ゆずはだ)…塗料を吹き付けて塗る時、平滑な面とならないでゆず皮のような凸凹を生じる現象で…〉
「熟練工でも、ほんの少しの湿度で失敗することがあります」
塗装技術の話だとわかっちゃいても、わが顔が“流れ”て“艶やせ”して、“ゆず肌”になっていないか、気になって仕方がなくなった。
取材・文/野原広子
※女性セブン2015年7月9・16日号