番組でまず紹介されたのは、カナダの最新研究だ。カナダのモントリオールにあるマギル大学では、半年以上も続く腰痛に悩む18人の患者の体を徹底的に調べたところ、脳のある部分に共通の異変が起きていることがわかったという。本誌は、マギル大学での研究に携わったメリーランド大学助教のデイヴィッド・セミノウィッツ博士に話を聞いた。
「脳内にあるDLPFC(背外側前頭前野)と呼ばれる人間の判断や意欲などを司っている部分は、脳内で作られた『痛い』というシグナルを鎮める役割を果たします。慢性腰痛を抱える患者の脳は、この部分の体積が減っていた(小さくなっていた)のです。これによって脳の構造の変化と痛みが関係していることがわかりました」
セミノウィッツ博士の説明をもとに腰痛が続く仕組みを整理してみよう。骨や筋肉などに炎症が起きると、その情報は神経によって脳に伝えられ、痛みの回路が生まれ、「痛い」という感覚を引き起こす。その後、炎症が治まっても脳の神経細胞は興奮しているため、しばらくは「痛い」という感覚が続いてしまう。
そこで活躍するのがDLPFCだ。DLPFCは炎症が治まると「痛みよ、鎮まれ」という信号を出し、痛みという感覚も同時に治めてくれる。ところが、DLPFCの働きが衰えると、脳が生み出す「痛い」という感覚を鎮めることができなくなり、たとえ炎症が治まっても痛みが継続してしまうわけだ。つまり、慢性腰痛の痛みとは、脳が作り出す“幻の痛み”だったのだ。
ではなぜ、慢性腰痛持ちの人のDLPFCは衰えているのか。これも最新の研究で、痛みへの恐怖が関係していることがわかってきた。ぎっくり腰を起こした人はそのときに感じた痛みがトラウマとなり、また同じ痛みを繰り返すことへの強い恐怖心が生まれる。恐怖心を感じるとDLPFCにストレスがかかり、神経細胞が疲れてしまって働きが衰え、鎮まれという指令が出にくくなるのだ。
ぎっくり腰や椎間板ヘルニアなどに対する恐怖心がDLPFCの機能を低下させる。これが“幻の痛み”が続くメカニズムだった。
※週刊ポスト2015年8月7日号