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藤竜也 監督は一種の神様だから好きになることも仕事の一つ

 俳優の藤竜也といえば「阿部定事件」を題材にした日仏合作映画『愛のコリーダ』に主演したことを真っ先に思い浮かべる人も少なくない。この話題作に主演したのはなぜか、映画監督と俳優の関係について藤が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏の週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 1976年、藤竜也は大島渚監督『愛のコリーダ』に主演する。疑似ではない本番による濡れ場は日本初で、センセーショナルな話題を呼ぶことになる。

「久世光彦さん演出のテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』が終わった時に、ホンが来ました。後で聞いた話だと、だいぶ前から準備をしていたけど、男の俳優が決まらなかったらしい。リスクのある作品だから、みんなビビったんでしょう。

『僕がこれをやろう』と思った。もうグイグイ惹かれたのね。ひたすらセックスを描いているんだけど、凄く綺麗な話に思えた。『ああ、セックスを重ねても、男と女が惚れてる純度は表現できるんだ』と。そういう切り口で、普通はやりませんからね。

 ところが、当時契約していた事務所は賛成してくれませんでした。『これをやるなら、事務所をやめてくれ』という話になって。『いいよ。僕はやる。僕はあなたたちのために仕事をしているわけじゃなくて、自分のためにやっているんだから』ということで、一緒にやりたいと言ってくれる若いマネージャーと二人で辞めることにしました。

 もう、これでダメになるならダメでいいし、公序良俗に反する映画に出て社会的に抑えられることになってもしょうがないという覚悟でした。自分が納得してやったことだから。まあ若かったから、かえって『上等だ』くらいな感じでいました。確かに、そこから三年くらいは仕事がなかったと思います。

 大島さんの作品は見てきましたから、本当に本番をやるんだろうなという感じはしていました。大島監督はそのことに関して撮影まで何も言わなかったし、僕も何も聞きませんでした。一種の同志的というか、共犯関係にあったんだと思います」

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