国際情報

巡回診療に一生捧げた「ブラジルのシュバイツァー」は日本人

 第二次大戦前から戦後にかけて、アマゾン川流域をはじめ多くの開拓地で医師不足に悩む人々に尽くし、「ブラジルのシュバイツァー」「アマゾン先生」と呼ばれた信念の日本人医師がいる。

 アマゾン先生こと細江静男は1901年に現在の岐阜県下呂市で生まれた。実家は裕福ではなかったため、炭焼きの仕事をして大学進学の費用を貯め上京。親族や地元関係者の援助を受けつつ、慶応大医学部に入学した。その面接試験では、自らが体験した農村の窮状、無医村の悲惨さを訴えたという。

 卒業後、細江の志を知っていた恩師から「世界最大の無医村、ブラジルの日本人移住地に行ってみてはどうか」と勧められ、外務省の留学医として赴くことを決意。1930年に海を渡った。

 200人の日本人移民がいる、ブラジル・サンパウロ州のバストスという村が最初の赴任先だった。300キロ四方の広大な森林地帯においてたった一人の医師として、アマゾン川流域の現地住民や移民の巡回医療に当たり、赤痢、盲腸、黄熱病などあらゆる病気を治療した。自身も黄熱病に感染するなど、まさに命がけの医療活動であった。

 当初は3年で帰国する予定だったが、自分が日本に帰ればアマゾンの人々を診る医者がいなくなると考え、この地に骨を埋める覚悟を決めた。細江の孫で、彼の志を継いで今もアマゾンで巡回診療にあたる森口秀幸氏は、かつてこう語っている。

「祖父の診療は、患者一人ひとりとじっくり話し合い、人間関係の悩みや人生相談も行っているのが印象的だった。アマゾンの住民は小さな集落で暮らしているからこそ、人間関係がうまくいかないと酷く落ち込むことがある。健康は体だけではなく人間関係の影響も大きい。それを助けられるのは、集落の外の人間だけ。祖父はそう考えていた」(『JORNALニッケイ新聞』2014年9月12日)

 次世代の育成にも尽力した。ブラジルの大学の医学部を卒業した移民二世を日本で研修させ、現地の医療レベルの向上を図った。

「細江先生は1962年に日本医師会から最高功労賞、日本政府から勲三等瑞宝章を授与されています。『下呂ふるさと歴史記念館』には細江先生の特別展示室を設けています」(下呂市教育委員会生涯学習課学芸員の馬場伸一郎氏)

 医療活動のみならずボーイスカウト活動にも積極的に参加。1975年に74歳で死去するまで、休みなくアマゾンを駆け巡った人生だった。

(文中一部敬称略)

※週刊ポスト2016年1月1・8日号

関連キーワード

トピックス

和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
几帳面な字で獄中での生活や宇都宮氏への感謝を綴った、りりちゃんからの手紙
《深層レポート》「私人間やめたい」頂き女子りりちゃん、獄中からの手紙 足しげく面会に通う母親が明かした現在の様子
女性セブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
一般家庭の洗濯物を勝手に撮影しSNSにアップする事例が散見されている(画像はイメージです)
干してある下着を勝手に撮影するSNSアカウントに批判殺到…弁護士は「プライバシー権侵害となる可能性」と指摘
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン