東京大学近くで、受験生専門外来の「本郷赤門前クリニック」を開設している心療内科医の著者は、その典型として有名進学校の高校3年生で医学部志望のA君の例を示す。A君は地方の国公立医学部なら合格圏内に達しておかしくない優秀な成績だったが、受験勉強が本格化した頃から、焦燥感を募らせたり、ふさぎ込んだりという様子が増えたそうだ。
〈特徴は、勉強しようとしたときだけ、あるいは学校に行こうとしたときだけ、こうしたうつの症状が出ることです。やがてA君は高校へ通学できなくなり、完全な不登校状態に陥るのですが、スポーツやレースの観戦が大好きで、サッカー日本代表の試合やF1のレースが開催されると、「受験勉強ができるようになるには、気分転換が必要だ」と言って元気に出かけて行きます〉
A君は、深夜放送の海外のスポーツ中継の観戦に熱中し、その結果、昼夜逆転の生活を続けていたという。著者は、読者に〈そんなA君をどう思いますか。おそらく、ワガママな子どもで勉強をサボっているだけだと思われた方が多いでしょう〉と振って、こう書く。
〈しかし、無理に学校に行こうとすると吐き気を催し、実際に嘔吐することもたびたびあるなど、単なるサボりだと決めつけられない症状も出ているのです。また、勉強しようとすると、めまいが起こり、ひどい時は、呼吸困難に陥ります〉
このような新型うつ的な「受験うつ」の根っこには、間違った「褒めて育てる」育児の結果、自己愛を過剰に膨らませてしまう問題がある、と著者は指摘する。『受験うつ』は、そうした育児・教育批判の書としても面白い一冊なのだが、上記したA君の状態に対して、「もしや、うちの子も!?」と気になった受験生の親はどうしたらいいか。
この「受験うつ」も早期発見して、適切に対処することが肝心であり、病的状態にあるかどうかは、テストの答案用紙によく表れるという。例えば、大学受験生の場合、センター試験(マーク式試験)の模試などを受けて、以下の傾向がみられたら、それらは「受験うつ」のサインとのことだ。
・国語⇒各大問の最後の小問3題が集中的に壊滅
・英語⇒全体の要旨を問う設問が集中的に壊滅 リスニング問題が集中的に壊滅
・数学⇒問題用紙への書き込みが意味不明
・社会⇒選択肢の文章が長いほど正解率が低下する
・理科⇒現象の本質を問う設問が集中的に壊滅
受験生専門のクリニックを開いているだけあって、話はかなり具体的だ。各科目にそうした傾向がみられると、なぜ「受験うつ」が疑われるのか。その詳細な説明をココに紹介する紙幅はないが、要は試験問題の〈全体像を大づかみに把握する能力〉が顕著に低下していたらやばい、ということだ。
本書によると、「受験うつ」は大学受験生だけでなく、中学受験生の間でも発生している。近年激増ということだが、私が塾講師の仕事をしていた四半世紀前も、男女御三家校の合格圏内の成績をキープしていたのに、急にスランプとなり、そのまま退塾という生徒のケースがいくつかあった。
当時は、「バーンアウトだ。やっぱりこの国の受験戦争は度が過ぎている!」と憤ったりしていたのだが、講師の私を含めた塾側に「受験うつ」の概念があれば、テスト結果や講義中の生徒の様子などを通し、問題の所在を掴むことができたかもしれない。その子に合った受験校を提案し、子供の将来を案ずるがゆえに暴走しがちな親の希望に対しても、より現実的なところに着地する手伝いができたのかもしれない。
ひとまず、「もしや!?」と感じた受験生の親には、『受験うつ』の一読をお薦めする。そして、このコラムを読んでいる受験生に対しては、「ネットは受験が終わってから!」と念のために付記しておく。