「似せるのではなくて、人と向かい合い人の心を動かすロボット。人に慣れ親しみ、一緒に喜び悲しみ励まし合うそんな存在を目指しました」
ふと「不気味の谷」という言葉を思い出した。ロボットが人らしくなると好感を覚えるが、似すぎると突然、強い嫌悪感を人は抱く。その心理を「不気味の谷」と名付けたのはロボット工学者・森政弘氏。実験でも実証されている。
ではペッパーはどうか。ツルツルした無機質な肌で一見してロボット。人に似すぎてはいない。が、反応や会話ぶりは生き物に近い。「不気味の谷」に落ちこまないその匙加減、設計デザインの頃合いが絶妙だ。
現段階でのアプリは基本的な会話やダンスなどの約200種類。各法人向けには専用アプリを開発することもできる。それでもまだ、接客したりダンスをして宣伝に一役買う、といった程度のイメージに留まっている。
では、いったい彼は何に役立つのでしょうか?
「ペッパーが『何に役立つのですか?』と質問されたら、私はいつもこうおたずねしています。『彼に、何をさせたいですか?』と」
なるほど。ペッパーは今のところ空の箱なのだ。センサーやアクチュエータ(作動装置)、人工知能等が組み合わさったシステムに過ぎない。
「私たちが橋渡し役となって、ペッパーをこんな目的で使いたいという企業とアプリを開発したい企業とを、結びつけていきたいんです。使う人とソフトを作る人とが出会う、いわばプラットホームとなり、来るべきロボット社会のインフラを整えていきたい」
同社はアプリ開発に必要な技術仕様を公開し、開発には200社が参入。ペッパーとは、これから何かが生まれてくる場、そのものだったのだ。
●やました・ゆみ/五感、身体と社会の関わりをテーマに、取材、執筆。最新刊は当連載から生まれた『なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者 数日本一になったのか』。その他、『都市の遺伝子』『客はアートでやって来る』 等、著書多数。江戸川区景観審議会委員。
※SAPIO2016年2月号