前例がある。PLO(パレスチナ解放機構)の故ヤセル・アラファト議長だ。もともとアラファト議長は過激派ファタハを率いてイスラエルに対するゲリラ活動を展開していたテロリストだが、1988年に穏健路線に転じ、話し合いのテーブルについた。1993年にはイスラエルとの歴史的な和平交渉に合意してパレスチナ暫定自治政府を樹立し、その功績によって1994年にノーベル平和賞を受賞した。
和平や話し合いを拒否した過激派はハマスとして未だに闘争を続けているが、イスラエルの態度によっては、彼らもまたどこかで話し合いに応じる可能性がある。
ISはPLOとは本質的に異なるし、国連主導のシリア和平会議にも参加していない。だが、それでも話し合いの場に導き出すことができれば、問題解決に向かう可能性は、なきにしもあらずだと思う。彼らも資金源を断たれ、重税感に耐えられない住民の逃走に苦労し始めているからだ。
考えうる解決策は、従来の国民国家の枠組みの中でISに占領地域から一定のテリトリーと権益を与え、それと引き換えにテロ活動を中止させるしかない。そういう交渉に持ち込まない限り、もはやISの脅威が消えることはないだろう。
ISの台頭は、今の世界を構成する「国民国家」への重大な挑戦であり、今やそれ以外の地域でも国民国家の枠組みは溶け出しているわけだが、アメリカ一極支配の「G1」時代から指導国が存在しない「Gゼロ」時代になった現在の、いわば無重力状態の中で世界の秩序を維持するためには、まだ国境(領土・領海・領空)は必要である。だから、ISとも話し合いで国境(および主権)を確定し、彼らを“隔離”しなければならないのだ。
この提言は「テロリストに譲歩するとは言語道断!」という批判を浴びるかもしれない。しかし、悪の拡散が不可逆的に起きている今、それ以外にどんな解決策があるというのだろう。
※週刊ポスト2016年3月4日号