──周到に仕掛けられた「罠」によって自分は悪者にされた、というのが小保方さんの主張ですね。
中川:北野武さんの「アウトレイジ」を連想しましたよ。あの映画のキャッチコピーは「全員悪人」。それに倣えば、この手記は「ほぼ全員悪人」でしょうか。笹井芳樹さん、丹羽仁史さんなど一部の人のことは悪く書いていないし、理研内部に味方がいたことも仄めかしている。
でも、その人たち以外は若山さんを筆頭に、理研の幹部も、小保方さんの不正を認定した調査委員会も、批判したメディアも全て悪者、という描き方です。そうした人たちがよってたかって、純粋な気持ちで研究に邁進してきた小保方さんを陥れ、潰そうとしている、許せない、というのが信者の受け止め方なんですね。
──なぜこの本が「聖書」として受け入れられるのでしょうか。
中川:今の社会、特にネットの世界は、真偽を客観的に見極めることなく、善悪二元論で考えてしまう傾向が強く、陰謀論が大好きなんですね。「在日特権」のせいで日本人が不利益を被っているという宗教を信じているネトウヨがそうだし、彼らがヘイトスピーチを行っているからといってどんなに個人情報を晒してもいいと思っているカウンター勢力も同じ。どっちも宗教なんです。
芸能人のブログやフェイスブックやインスタグラムも宗教化していて、なんてことのない自撮り写真に10万もの「いいね!」が押され、「今日も可愛いね!」とかって気持ちの悪いコメントがつく。「小保方現象」はそういう傾向の象徴なんです。
(インタビュー・文 鈴木洋史)
【PROFILE】中川淳一郎 (ネットニュース編集者):1973年東京都生まれ。一橋大学商学部卒業。博報堂勤務、雑誌編集者・ライターを経てネットニュース編集者。著書に『内定童貞』(星海社新書)、『縁の切り方 絆と孤独を考える』(小学館新書)など。
※SAPIO2016年4月号