また、テレビ中継でも、実況の舟橋慶一アナウンサーによる「寝技は30秒でブレークです」「シューズの底の部分で蹴ることはできません」といった断片的なコメント以外、詳しいルールの解説はなかった。
要するに、ライブの観客も──アメリカ、韓国、ヨーロッパでのクローズドサーキット上映、衛星中継を含め――テレビの視聴者も、ルールがまるでわからない状態のまま試合を観ていたということだ。
試合はプロボクサーのアリが立って闘い、プロレスラーの猪木はほとんどキャンバスに寝たまま闘った。両者は15ラウンドを闘い切り、試合は引き分けに終わった。ふだんはプロレスを扱わない大新聞は、この試合をこんなふうに報じた。
「寝そべる猪木 立つアリ 観客しらけた“格闘技”戦」(6月26日付・読売新聞夕刊)
「“三十億円興行”失敗か 筋書き 採算 思惑はずれ」(6月27日付・朝日新聞朝刊)
「二十四億円の“シラケ決闘”オレ稼ぎに満足アリ 結局正直すぎた猪木」(6月27日付・毎日新聞朝刊)
プロレスに対しては好意的なスタンスのはずのスポーツ新聞各紙も、この試合をこぞって“茶番劇”“大凡戦”と酷評した。
それから38年後の平成26年6月26日、この試合のノーカット版DVD『燃えろ!新日本プロレス』(集英社)が発売された。
そこに映っていたのは、お互いに負けることが許されない真剣勝負とはこうならざるをえない、という真実の映像だった。
●さいとう・ふみひこ/1962年東京都生まれ。プロレス・ライター、コラムニスト。プロレスラーの海外武者修行にあこがれ17歳で単身渡米。1981年より取材活動。『週刊プロレス』創刊時からスタッフ・ライターとして参画。『ボーイズはボーイズ』『みんなのプロレス』など著作多数。専修大学などで非常勤講師。
※週刊ポスト2016年3月18日号