シャープ買収を手がける鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)会長。その人物像はあまり知られていないが、朝日新聞台北支局長として、鴻海の成長物語に接してきたジャーナリスト・野嶋剛氏の現地ルポによれば、「冷徹さと義理人情が同居する人間」だという。
野嶋氏が郭台銘氏の経歴とホンハイ成長の軌跡に迫った。
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郭台銘が生まれたのは1950年。大陸から共産党に敗れて逃げてきた「外省人」の家庭に生まれた。父は警察官だったが、幼い頃は貧しく、台北郊外の板橋という土地にある道教寺院「慈恵宮」の小屋を間借りして一家で細々と暮らした時期もあった。
専門学校卒業後、小さな工場に勤め、すぐに自ら起業した。苦労した時期を経て、部品のコネクターのヒットで経営を軌道に乗せた。
会社を倍々ゲームで大きくしていったのは、中国経済の爆発的成長が始まった1990年代後半からだ。
中国の安い労働力とグローバル化に乗って、どん欲に規模の拡大を追求していく様は、いつしか「モンゴル帝国」に例えられ、郭台銘も「現代のチンギスハン」と呼ばれるようになった。
現在、ホンハイグループでは120万人の従業員が働き、傘下に1000もの企業を抱える。利益の3~4割を稼ぎ出すとされるアップルからiPhone、iPadの大量注文を受け、ほかにもHPやソニー、デルなど世界の超一流企業を顧客に抱える。
自らのブランドをもたず、ここまで「下請け」だけでのし上がることを予想していたのは、10兆台湾ドル(現在のレートで約35兆円)の売上高を目標に掲げる本人だけだっただろう。
巨大化したホンハイを、1日16時間労働を辞さない超人的な体力と気力を持つ郭台銘といえども、一人で差配することなどできない。ホンハイは顧客ごとに傘下の中核企業を分け、成果を競わせる。その点も、息子たちに帝国を分割したチンギスハンに似ている。
買収されたシャープも、将来、ホンハイ帝国の一角を担う存在になるはずだ。しかし、シャープが原形を留めるかどうか。長い目で見れば、いささか疑問符を付けたくなる。
過去に、シャープと似たようなケースがあった。台湾南部の台南に本社を置く奇美集団の奇美電子である。