ライフ

【書評】作家の肉筆手紙から読む作品の成立事情や自作への思い

【書評】『肉筆で読む 作家の手紙』/青木正美・著/本の雑誌社/2000円+税

【評者】川本三郎(評論家)

 古書店主人でこれまで数々の古書エッセイを書いている著者は、文学者の生原稿や手紙など自筆物の蒐集家として知られる。本書は島崎藤村、夏目漱石、谷崎潤一郎、志賀直哉、さらに新しいところでは安部公房、松本清張ら二十九人の文学者の手紙が紹介されている。

 まず驚かされるのは『出家とその弟子』で知られる倉田百三が昭和十年代に書いた恋文。四十六歳の百三が読者である十七歳の少女に書いた手紙。一度会って気に入ってしまい熱烈な想いを書き綴る。「聖所に生える毛」を送ってくれとまでいう。情熱的と言うか、老いの狂気と言うか。

 作家の手紙は、私生活をあらわにするだけではない。作品の成立事情、自作への思い、文壇の反応なども明らかにし、資料としての価値もある。

 志賀直哉が、自分を敬する小林多喜二に書いた友愛のこもった手紙。太宰治が出版社に原稿料の前借を頼む手紙。宮沢賢治(当時は無名)が岩波書店の岩波茂雄に、自費出版の詩集『春と修羅』を買ってくれと願う手紙(無鉄砲だがういういしくもある)。

 こういう私信は、通常、受け取った側から古書店に流れる。著者はそれを古書市で見つけ出しては、買い求めてゆく。個人情報が言われる現代では自筆物蒐集も難しくなっていようが、有名作家の場合は「資料」として公けにされてしまうのはやむを得ないだろう。

 少しく驚いたのは井伏鱒二がロシア文学者の岸田泰政に出した手紙で、『ドリトル先生』の翻訳は「代訳の人が訳したのを私が手を加へたもので心苦しい代物です」と認めている。「代訳」が普通に行なわれていた時代ではあるが。

 心打たれた手紙がある。上林暁が世話になった「新潮」の編集者、楢崎勤に書いた手紙。

「全く小生は貴兄のおかげで、今日まで生食をつづけて来られたのです」と感謝している。さらに安部公房が心血注いだ小説を書き上げたことを伝える手紙。松本清張の学者への礼状。手紙は人なり。

※週刊ポスト2016年4月22日号

関連記事

トピックス

愛子さま
【愛子さま、日赤に就職】想定を大幅に上回る熱心な仕事ぶり ほぼフルタイム出勤で皇室活動と“ダブルワーク”状態
女性セブン
テレビや新聞など、さまざまなメディアが結婚相手・真美子さんに関する特集を行っている
《水原一平ショックを乗り越え》大谷翔平を支える妻・真美子さんのモテすぎ秘話 同級生たちは「寮内の食堂でも熱視線を浴びていた」と証言 人気沸騰にもどかしさも
NEWSポストセブン
嵐について「必ず5人で集まって話をします」と語った大野智
【独占激白】嵐・大野智、活動休止後初めて取材に応じた!「今年に入ってから何度も会ってますよ。招集をかけるのは翔くんかな」
女性セブン
岡田監督
【記事から消えた「お~ん」】阪神・岡田監督が囲み取材再開も、記者の“録音自粛”で「そらそうよ」や関西弁など各紙共通の表現が消滅
NEWSポストセブン
行きつけだった渋谷のクラブと若山容疑者
《那須2遺体》「まっすぐ育ってね」岡田准一からエールも「ハジけた客が多い」渋谷のクラブに首筋タトゥーで出没 元子役俳優が報酬欲しさに死体損壊の転落人生
NEWSポストセブン
イメージカット
「有名人なりすまし広告」の類に“騙されやすい度”をチェックしてみよう
NEWSポストセブン
不倫騒動や事務所からの独立で世間の話題となった広末涼子(時事通信フォト)
《「子供たちのために…」に批判の声》広末涼子、復帰するも立ちはだかる「壁」 ”完全復活”のために今からでも遅くない「記者会見」を開く必要性
NEWSポストセブン
前号で報じた「カラオケ大会で“おひねり営業”」以外にも…(写真/共同通信社)
中条きよし参院議員「金利60%で知人に1000万円」高利貸し 「出資法違反の疑い」との指摘も
NEWSポストセブン
二宮が大河初出演の可能性。「嵐だけはやめない」とも
【全文公開】二宮和也、『光る君へ』で「大河ドラマ初出演」の内幕 NHKに告げた「嵐だけは辞めない」
女性セブン
品川区で移送される若山容疑者と子役時代のプロフィル写真(HPより)
《那須焼損2遺体》大河ドラマで岡田准一と共演の若山耀人容疑者、純粋な笑顔でお茶の間を虜にした元芸能人が犯罪組織の末端となった背景
NEWSポストセブン
森高千里、“55才バースデー”に江口洋介と仲良しショット 「妻の肩をマッサージする姿」も 夫婦円満の秘訣は「お互いの趣味にはあれこれ言わない」
森高千里、“55才バースデー”に江口洋介と仲良しショット 「妻の肩をマッサージする姿」も 夫婦円満の秘訣は「お互いの趣味にはあれこれ言わない」
女性セブン
JR新神戸駅に着いた指定暴力団山口組の篠田建市組長(兵庫県神戸市)
【ケーキのろうそくを一息で吹き消した】六代目山口組機関紙が報じた「司忍組長82歳誕生日会」の一部始終
NEWSポストセブン