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2016.04.11 16:00  週刊ポスト

【書評】作家の肉筆手紙から読む作品の成立事情や自作への思い

【書評】『肉筆で読む 作家の手紙』/青木正美・著/本の雑誌社/2000円+税

【評者】川本三郎(評論家)

 古書店主人でこれまで数々の古書エッセイを書いている著者は、文学者の生原稿や手紙など自筆物の蒐集家として知られる。本書は島崎藤村、夏目漱石、谷崎潤一郎、志賀直哉、さらに新しいところでは安部公房、松本清張ら二十九人の文学者の手紙が紹介されている。

 まず驚かされるのは『出家とその弟子』で知られる倉田百三が昭和十年代に書いた恋文。四十六歳の百三が読者である十七歳の少女に書いた手紙。一度会って気に入ってしまい熱烈な想いを書き綴る。「聖所に生える毛」を送ってくれとまでいう。情熱的と言うか、老いの狂気と言うか。

 作家の手紙は、私生活をあらわにするだけではない。作品の成立事情、自作への思い、文壇の反応なども明らかにし、資料としての価値もある。

 志賀直哉が、自分を敬する小林多喜二に書いた友愛のこもった手紙。太宰治が出版社に原稿料の前借を頼む手紙。宮沢賢治(当時は無名)が岩波書店の岩波茂雄に、自費出版の詩集『春と修羅』を買ってくれと願う手紙(無鉄砲だがういういしくもある)。

 こういう私信は、通常、受け取った側から古書店に流れる。著者はそれを古書市で見つけ出しては、買い求めてゆく。個人情報が言われる現代では自筆物蒐集も難しくなっていようが、有名作家の場合は「資料」として公けにされてしまうのはやむを得ないだろう。

 少しく驚いたのは井伏鱒二がロシア文学者の岸田泰政に出した手紙で、『ドリトル先生』の翻訳は「代訳の人が訳したのを私が手を加へたもので心苦しい代物です」と認めている。「代訳」が普通に行なわれていた時代ではあるが。

 心打たれた手紙がある。上林暁が世話になった「新潮」の編集者、楢崎勤に書いた手紙。

「全く小生は貴兄のおかげで、今日まで生食をつづけて来られたのです」と感謝している。さらに安部公房が心血注いだ小説を書き上げたことを伝える手紙。松本清張の学者への礼状。手紙は人なり。

※週刊ポスト2016年4月22日号

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