中川によれば、ホンハイのビジネスは、欧米の顧客に対して、中国の労働力を使って、日本の技術とノウハウでモノを作り、台湾の経営力で販売している、と分析する。中川との出会いも、郭台銘からのラブコールだった。東大教授だった中川にホンハイへの金型の技術協力を要請。最初は断られるが後に口説き落とされた。

 郭台銘のシャープ買収の戦略も、ライバルのサムスン、LGら韓国勢対策だと考えて間違いない。ホンハイの背後にはアップルもついているのだろう。日本の技術を手に、その帝国へ韓国まで飲み込もうという戦でもある。2月上旬に大阪に乗り込んでメディアの前で「優先交渉権を得た」と先走って公表したのも、韓国との対決に賭ける意気込みの裏返しなのだろう。

 一方で、こうした郭台銘のはじけた個性を見慣れていない日本社会では、ハレーションを招きかねない。中川はいずれ、郭台銘にもっと日本では慎重かつ謙虚に行動するようアドバイスするつもりだという。

 郭台銘が育った「慈恵宮(※注)」を取材の終わりに訪ねた。少年の郭台銘が狭い寺院の窓から夜空を見上げ、ゼロから世界を夢見た「原点のなかの原点」だ。成功を掴んだ現在もこの寺院に一年に一度の参拝を欠かさない。

【※注/台北郊外の板橋という土地にある道教寺院「慈恵宮」。幼い頃に貧しかった郭台銘は、この小屋を間借りして一家で細々と暮らした時期もあった。】

 門の前に太い石柱を見つけた。いわゆる「龍柱」である。郭台銘の寄付によって建てられたという。

 豪華な龍の彫り物の下に、郭台銘の名前が金色で彫り込まれ、龍の口には玉がくわえられていた。その玉が、まるでこれから買収されようとしているシャープであるかのように思えたのは、郭台銘という人間を理解した人であるなら、誰もが感じることではないだろうか。

●のじま・つよし/1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。1992年朝日新聞社に入社。シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月よりフリーに。主な著書に『ふたつの故宮博物院』『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』など。

※SAPIO2016年5月号

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