歌手として大ヒットを記録してから役者の道も進んだ上條恒彦は、豊かで張りのある声からアニメ映画の声優としても出演している。役者として様々な現場で感じた監督と役者の関係の重要性について上條が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。
* * *
上條恒彦は『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』と、宮崎駿監督のアニメ映画に続けて声優として出演している。
「『紅の豚』のマンマユート団のボス役は僕の当て書きみたいに見えますが、他に予定していた人が駄目になって回ってきたみたいです。あのアテレコはデジタル録音なので共演者は一緒にいなくて僕一人でやっていました。で、画面に向かって芝居していて、ふとブースを見ると宮崎さんがすっ転んで笑っている。『ああ、これでいいんだ』と思ってやりました。
そんなに厳しい指導はなかったですね。『ちょっとこの感じを膨らましてください』というような言い方で。僕の役はちょっと抜けた三枚目な役ですから、愉快にやればいいみたいな雰囲気がありましたね。
僕もこの声だけで、そんなに引き出しがあるわけではない。ですから、大変なのは監督ですよ。苦労してキャスティングしても思うように演じてくれないというミスキャストもありますからね。中には現場で役者をしごきまくる監督もいますが、しごいたってダメですよ。役者を怒鳴ったり、ものを投げたり、そんなことで芝居がよくなるわけがありません。
怒鳴ってでも教育してやろうというような関係ではなくて、時間をかけて研究して、討議して、みんなでよくしていこうという関係を監督と役者が構築できれば、監督も役者も腕が上がっていくんだと思います。暴力的になってしまうと、いい芝居はできません」
歌手として役者として、上條は多くの観客の前で感情を表現し、伝えてきた。