「まず観客を信頼しないとダメです。そこから全てが始まります。話し合いです。俺の話を聞いてもらう、そっちの言いたいことも聞くよ。そういう関係だと思うんです。観客と上手くコミュニケーションとれない時は、どんなにうまくやろうと思っても、ダメですね。
観客と喧嘩してでも歌わなければならない場合もあります。そういう時でも、客を信頼しないとできません。それは芝居でも同じことだと思います。
『寛容』という言葉が当たっているかは分かりませんが、相手の気持ちを受け止める準備ができてないと。寛容になれる状態を自分の中に作り、お客さんにもそうなってもらえる状態にお連れする……といいますか。
ですから、テクニックというのは大して問題じゃないと思います。もちろん、一生懸命にテクニックの勉強はします。トレーニングも怠りなくやっていこうと思いますが、実はそのことは大した問題じゃない。
同じ時間をお客さんと共有し、考え合うというか思い合うというか……それがうまくできるかどうかが問題なんです。
僕は76年生きてきましたが、ろくな人生を歩んでいません。そんな僕のような人間が言うことなんて、大したことではないですよ。二百人いたら二百人、二千人いたら二千人の想いがあって、その人たちとその時間を共に過ごす。そう思って舞台に立っています」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年5月6・13日号