野球教室も、依頼に応じて出向く従来の形を改め、戦略的に取り組んでいるという。
「市内の認定幼稚園・保育園約200か所すべてを3年かけて回っていく計画です。子どもたちがベイスターズに直接触れる機会を確実に作り出すことが狙いです」
街との融合を目指す取り組みはまだある。球団オリジナルデザインのマンホールを横浜市に寄付したり、歴史的建造物の指定管理者になったり。さらに、神奈川県下の小学生以下の子ども、何と「72万人」にキャップを配布した、と聞いて驚いた。
なぜ、そこまで徹底して地元にアプローチを?
「横浜に根づき、横浜と共に歩む、という球団の姿勢をしっかり理解してもらうためです。1月には株式会社横浜スタジアムのTOB(株式公開買い付け)も行い、その姿勢をより強めていきました」
実は、球団と横浜スタジアムはこれまで別の会社が経営してきた。スタジアムは看板広告の収入や飲食・グッズ販売の収入、球場の使用料等が入るため、常に数億円の黒字。その一方で、ベイスターズはファンが増えても赤字が続いていた。「満員になっても黒字にならない」という歪んだ構造があった。しかし、球団と球場が一体経営になれば黒字化の道筋が見える。そのために実施されたTOB。
だが、「買収」と聞くと、DeNAが野球を道具に儲けようとしている、と勘ぐる人も。
「だからこそ、本気で横浜に根付き強いチームに育てるつもりだという、明快な意思を示す必要がありました」
72万人へのキャップ配布も、その表現の一つだったのだ。TOBの結果が出たのは今年1月。蓋を開けると個人株主の8割近くが応じ、「友好的買収」が成立した。球団の黒字化のメドも立った。それもこれも4年をかけてコツコツと街に溶け込み地元とつながろうとしてきた「コミュニティボールパーク」化構想が理解された結果だった。
「とにかく、球団経営を黒字のビジネスとして成功させること。それが、チームが強くなる条件です」と楠本氏。
「球団経営とチームの強さは必ず連動します。経営が安定しないと強くなれない。黒字になれば収益は選手の年俸や戦力強化に還元できますから」
野球人気に期待して広告塔の役割を果たせば赤字でもいいという球団経営が多い中、ベイスターズは「ビジネスとして成立させること」を基本にしているのだ。
「コミュニティボールパーク」化構想は、地元の横浜が幸せになり、それによって球団も強くなっていくという善循環への取り組み。成功すれば「球団、ファン、地元」という「三方よし」のビジネスモデルが出来上がる。
横浜DeNAベイスターズの挑戦によって、新たな地域スポーツビジネスの可能性が切り拓かれようとしている。
【PROFILE】やました・ゆみ 五感、身体と社会の関わりをテーマに、取材、執筆。ネットでメディア評価のコラムも執筆中。4月に増補文庫版『なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか』を刊行。その他、『都市の遺伝子』『客はアートでやって来る』 等、著書多数。江戸川区景観審議会委員。
●撮影/片野明
※SAPIO2016年6月号