1970年生まれのジャ・ジャンクー監督は、この10年、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三代映画祭を席巻し、若くして中国を代表する映画監督となった。その最新作が『山河(さんが)ノスタルジア』、中国の過去、現在、未来を照らす意欲作だ。作品の日本上映を機に来日したジャ監督に、ジャーナリストの野嶋剛氏がきいた。
≪「山河ノスタルジア(原題:山河故人)」は、改革開放の絶頂期である1999年、現代の2014年、近未来の2025年という「三つの時代」に、男女3人の主人公が歩んだ悲喜こもごもの道のりを描いた作品である。≫
作品には、2つの歌が流れる。中国の歌ではない。そこに中国を代表する映画監督となったジャ監督の「時代」への思いが漂っていた。一つは「Go West」。もう一曲は「珍重」。「Go West」は1990年代に一世を風靡した英国のディスコソングで、「珍重」は同時期に香港の人気歌手、サリー・イップが歌った流行歌である。
──なぜ、この作品でこれらの歌に意味を持たせようとしたのでしょうか。
ジャ・ジャンクー(以下、ジャ):脚本を作るとき、1999年の話を最初に書きました。中国にとって改革発展の加速を象徴する年です。当時の時代の空気を振り返ってみたら、突然、ディスコを思い出したのです。私が北京電影学院で勉強していたとき、大学の隣に『NASA』という名前のディスコがありました。ディスコ文化はやがて北京から全国に広がり、中国の若者が夢中になる娯楽になったのです。
もう一つの『珍重』には、中国語で、相手を愛おしむ、という意味があります。最近の中国人は『愛している』とか『かわいい』という単純な感情表現ばかり好みますが、本当は人間と人間の関係はもっと複雑で重いものです。この曲は相手と自分との間の微妙な感情を大切にする気持ちが残っていた時代を象徴しています
──「珍重」は、広東語の曲ですが、あの時代、中国人はみんな広東語の歌が大好きでしたね。中国人は、監督の言われる「愛おしむ」という気持ちを、徐々に失ったということでしょうか。
ジャ:私もこの曲をいつも聞いていた一人です。中国ではいま、一人ひとりが自分のことに忙しく、生活のリズムが速くなり、プレッシャーを抱え、野心だけが大きくなりました。この野心はつまるところ金銭です。人々はお金を朝から晩まで追いかけるようになりました。
理解はできます。中国は長く貧しく、人々にとって貧しさは恐怖であり、金銭で安心感を得ようとしています。その結果、家族の感情、友人との感情が疎かになったのです。