阪急東宝グループ創業者の小林一三は自前の人材で事業を切り盛りすることで知られていた。鉄道もバスも百貨店も歌劇も遊園地も劇場も野球チームも、人事異動の一環として人が行き来した。
その根底にあるのは、事業はすべて大衆を相手にした顧客サービスであり、その極意さえつかめば応用が利くというものである。そして大卒社員であっても車掌や運転手や切符切りを経験させ、下積みをさせた。
「下足番になるなら、日本一の下足番になってみよ」
天才的なアイデアマンだった彼でさえ、一流になるには努力しかないと考えていた。
時代はスピードを求めていると人は言う。だが「組織は人である」という言葉は時代を超えた真理ではないか。
「歩をうまく使え」とは先述した早川徳次の言葉だが、王将である社長や飛車角である役員だけで会社は動かない。
歩を上手に使ってやる気を出させ、金(と金)の動きをさせることにこそ、経営の要諦がある。松下幸之助は社員に、会社について尋ねられたらこう答えるように教えていた。
「松下電器は人をつくる会社です。あわせて電気製品を作っております」
最近は企業を数字で把握しようと、時価会計や四半期決算のみならず、フィンテック(FinTech)を用いた融資まで行なわれているようだ。だが企業の本当の価値はそれだけでは測れまい。
“同じ釜の飯を食った”“一緒に苦労した”“こんな言葉をかけてもらった”という目に見えない「簿外資産」に支えられてこそ、会社は強くなるのである。
そんなことを考えながら、経営者の名言をもう一度味わってみることにしたい。
●文/北康利(作家):きた・やすとし。1960年愛知県生まれ。東大法学部卒。みずほ証券を退職後、作家に。『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)で第14回山本七平賞を受賞。近著に『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(講談社)がある。
※週刊ポスト2016年6月3日号