介護開始から5年や10年が経過すれば“できない”、“戻れない”ことを徐々に受け入れられるかもしれませんが、初期の段階では精神的なストレスが非常に大きくなる」(丸岡さん)
実際、NHKが介護経験者615人に実施したアンケート(回答者388人)では「介護を始めたばかりが最もつらかった」との声が多数寄せられた。また冒頭のように、番組には多くの女性からの反響が寄せられた。
「多くは介護中の女性からのSOSでした。日本の社会は“家のことは女性がやるべき”という考えがまだあって、それが介護に集約されています。正直なところ、取材すればするほどこの問題が簡単には解決できないことを突きつけられました」(丸岡さん)
介護初期の苦難が悲劇に至ったのがNHKスペシャルに登場した、71才男性・Aさんのケースだ。
大手企業に勤め、2人の息子を育てたAさんは定年後、妻と2人暮らしをしていた。毎年、熊本の阿蘇にドライブ旅行をするなど夫婦水入らずの老後を楽しんでいたが、2年前に妻が骨粗鬆症を患い、歩行困難になると平穏な生活が一変した。
Aさんは知識もないまま、「妻は治る」と信じて必死に不慣れな家事と介護をこなした。懸命なリハビリで妻は一時的に歩けるまで回復したが、すぐ後に腰を骨折して寝たきりになった。
自力で排泄できなくなった妻の落ち込みは激しく、「自分は元に戻れない。何もできない」とひたすらに涙を流す妻の姿を見て、Aさんの心がポキリと折れた。介護を始めて10か月、泣きながら「死にたい、殺して」と懇願する妻を何度もなだめたAさんだったが、ついに心身の疲労が限界を超えた。
夫婦で毎年訪れた阿蘇まで最後のドライブに出かけた後、Aさんは42年間連れ添った妻に手をかけた。後を追おうと手首や首を切ったが死にきれず、警察に自首して執行猶予付きの有罪判決を受けた。
「Aさんも奥さんももともと社交的で活発なかたでした。ヘルパーだったら割り切って介護ができたかもしれませんが、Aさんは妻を愛していたからこそ、割り切れなかった。奥さんから何度も『死にたい、殺して』と言われてAさんは限界に達してしまった。このAさんに限らず、相手を愛していたり、真面目だったり、そういう人が実は介護殺人を犯していることもわかりました」(丸岡さん)
※女性セブン2016年8月11日号