著者のインタビューに対し、清二は意外な“物語”を語り始める。例えば、亡くなった実母の遺品を整理していて発見した、康次郎作成の古い公正証書にこう書かれていたと話す「全株式を長男、清二に譲る」と。別のインタビューのときには、まだ学生だった清二の将来を慮った康次郎が、清二の恩師に取り計らいを懇願した手紙を持参してきた。

 亡くなる前の康次郎がグループの後継者を義明にすることを清二に告げた場面については、まるで清二自らが後継を譲ったかのように説明した。そして、ついにこう語ったのである〈父に愛されていたのは、私なんです〉。

 その一方、義明をとことん見下し、軽侮する。「あの子」「子供」「凡庸」「愚鈍」「可哀想な人」「雨の中に放り出された子犬」……義明をそんな風に形容するのだ。

 だが、「康次郎が愛していたのは義明ではなく自分だ」というのは、清二の願望が紡いだ虚構の物語ではないだろうか。自らに死が近づきつつあることを意識したとき、そのような物語を作ることで自分の人生を完結させようとしたのではないだろうか。

 著者は物語が虚構であることはわかっているはずだが、清二を前にして物語を否定していない。きっとそれは、清二の「狂気」と「悲哀」に息を飲み、沈黙を強いられたからに違いない。

 書名に使われた「罪」と「業」の意味はさまざまに解釈できるだろう。自分が父に反抗したことが引き金となって、兄弟の確執が生まれ、父が築いたグループは崩壊した。そのことの「罪」。そうでありながら、いや、そうであるからこそ、父に愛されていたと思いたい息子としての「業」。著者が引き出した「罪」と「業」はあまりに深い。

※SAPIO2016年10月号

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