2012年、NPO法人・プライマリヘルスケア研究所が「家族や親しい人の臨終に居合わせなかった経験がある人」を対象にアンケート調査を実施した。その結果、207人中87人、実に42.0%が「虫の知らせ」があったと回答したのだ。
「虫の知らせ」とは、『大辞泉』によれば〈よくないことが起こりそうであると感じること〉。「よくないこと」の最たるものとして、「身近な人が死ぬ予感」という意味で使われることが多い。
人知の及ばない「何か」が死を知らせるという話は世界中に存在する。中国には「家の中で黒い蝶を見た場合、家族に不幸がある」という言い伝えがあり、メキシコでも黒い蝶が人の死を伝える使者として扱われる。見かけたら死期が近いといわれるもうひとりの自分、「ドッペルゲンガー」も「虫の知らせ」の類といえるだろう。
19世紀以降、欧米ではこうした「虫の知らせ」を解明すべく研究が盛んに行なわれてきた。1968年のノーベル物理学賞受賞者で、マンハッタン計画で原爆開発に携わったことでも知られるルイス・ウォルター・アルヴァレスも、本気で「虫の知らせ」研究に取り組んだひとりである。信州大学人文学部の菊池聡教授(心理学専攻)が解説する。
「アルヴァレス氏は『ある特定の人物のことを考えた直後にその人が亡くなる』という、いわゆる『虫の知らせ』を1年間に体験する確率は、わずか10万分の3であると算出しました。つまり、たとえ10万年生きたとしても3回しか起こらない稀な出来事ということです。
しかしこれはあくまで『1人』にとっての話。日本の人口は約1億2000万人ですから、日本人全体で考えれば、毎年約3000件の『虫の知らせ』が起こっていることになる。確率は大変低いけれども、意外と頻繁に観察される事象といえるのです」
発生のメカニズムについても研究が進んでいる。今のところ解明には至ってないが、現時点で有力とされる説は2つある。ひとつは「人には他人の死を察知する能力がある」というものだ。