次に『赤ひげ』(1965年)に出演させてもらいましたが、その時、僕は演じている「保本登」という若い医者と現実の自分を重ねていました。保本は赤ひげの療養所で、テクニックだけじゃない、医療の本質、医者の心を学んでいく。それと同じように加山雄三という若い役者が、黒澤明が監督する撮影所で、演じることの本質を学んでいるんだ、と。
監督は役者の心を見ていましたね。厳しい人で、撮影現場はいつも張り詰めた空気でした。ある時、撮影に身の入っていない役者に向かって、監督が静かにこう言ったんです。「これじゃあ仕事にならない。なぁ、キミ、もう辞めるか」。次の日、その人は現場にいませんでした。つまり降ろされちゃった。その緊張感たるやすさまじいものでした。
でも、ただ怖いだけじゃなくて、現場が緊張しすぎている時には、時々場を和ませるような冗談もいう。ある時、待ち時間が長くて僕がちょっと気を抜いていると、監督がみんなに聞こえるようにハンドマイクで「お~い加山、鼻くそほじるのはやめろ」と(笑い)。おかげで緊張した空気がふ~っと解けて、いい芝居ができました。まさに不世出の名監督でした。
●かやま・ゆうぞう/1937年、神奈川県生まれ。慶大卒業後、23歳の時に映画『男対男』(1960年)でデビュー。翌年、『夜の太陽/大学の若大将』で歌手デビュー。以後、映画「若大将シリーズ」などで人気を集める。
※週刊ポスト2016年10月14・21日号