外交専門家からすると、「日本首相のトランプ詣で」という異例の出来事は、情勢分析を誤った日本政府の焦りと映る。いくら首相官邸がスピンコントロールで、トランプ次期大統領との磐石な信頼関係が構築されたと宣伝しても、国際社会は首相官邸の思惑に付き合ってくれない。今回の安倍・トランプ会談で「日本は焦っている」という印象が国際社会に広がった事実は、中長期的に見て日本外交にマイナスになると思う。
さて、トランプ政権の誕生によってロシアとの北方領土交渉が加速する可能性がある。12月15日に山口県長門市で安倍晋三首相は、ロシアのプーチン大統領との首脳会談を予定している。この首脳会談では、歯舞群島と色丹島のロシアから日本への引き渡しを定めた1956年の日ソ共同宣言を基本に北方領土問題が大きく動くと見られている。
歯舞群島と色丹島が返還され日本の施政が及ぶようになれば日米安保条約第5条の適用範囲になり、この両島に米軍が展開することが可能になる。その様な事態が想定されるならば、プーチンが歯舞群島と色丹島の引き渡しに応じることは絶対にない。
それだから、安倍首相としては、返還後の歯舞群島と色丹島の「非軍事化」を宣言し、米国が両島に展開しないという枠組みを作ることを迫られている。その場合、プーチンも国後島と択捉島の「非軍事化」(実際は正規軍の軍服が国境警備隊の制服に替わるだけ)を実施する可能性もある。
ロシアに対する厳しい姿勢を取るクリントンが大統領に当選したならば、日露関係の改善を妨害したであろう。具体的には、「安倍政権がロシアのプーチン政権に譲歩して歯舞群島と色丹島への米軍の展開を認めないならば、米国は尖閣諸島の共同防衛を約束しない」というような恫喝だ。
これに対して「米国は世界の警察官になるべきでない」と主張するトランプならば、「棲み分け」的な価値観に基づいて、返還後の歯舞群島と色丹島に米軍が展開しないという安倍政権の立場を容認する可能性がある。
その結果、安倍首相は、日米安保条約という戦後レジームの基本構造に風穴を開けることになる。戦後の日本を取り巻く秩序が質的に変化する可能性がある。
●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。小誌で半年間にわたって連載した社会学者・橋爪大三郎氏との対談「ふしぎなイスラム教」を大幅に加筆し『あぶない一神教』(小学館新書)と改題し、発売中。
※SAPIO2017年1月号