「森さんは、決してお客さんをそらさない。昼夜の公演があるのに楽屋に来たお客さんが夜の開演十分前になっても帰らない時があるんですが、嫌な顔一つしませんでした。『くたびれたから今日はお会いできません』という人がいますが、そういうことは一度もありませんでした。それで、本番になると二時間半しゃべりっ放しですからね。
お付き合いをちゃんとして、舞台もつとめ上げる。それを二千回も続けるわけですから、まるで比叡山の千日回峰ですよ。僕には『行』としか思えなかった。
口で言うのは簡単なことです。でも、『マンネリ』と言われようが、それでお客さんを喜ばせて、やり遂げていくのは大変なことです。しかも、それを森さんは日常としてやっていた。当然のこととして流れていく中に身を置いていたんです。
共演者は、そんな森さんをどう盛り上げていくか、ということを役割分担としてみんなが考えていました。公演中は待ち時間が長いのですが、その間は控室に舞台の音声が流れています。それで、誰かがいつもと違う芝居をすると、みんなすぐに反応するんです。『あれっ?』と。それだけ統率されていた。しかも自発的にみんながそうしている。
それも一つの創造ですよね。創造というのは、いつも新しいものばかりではない。同じものを同じように作る。それもまた、凄く大事なことなんです。
森さんを見て、『俺はなんて甘いんだ』と思いました。それからは、愚痴を言ったり『大変だな』と口にしたりすることはなくなりました」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2017年1月27日号