それも昨年までのように、目線を落とし、眉間にしわを寄せた苦しそうな表情ではなく、顔を上げたまま、どこまでも明るくすっきりとした表情なのだ。取られたセットや反省すべきプレーについて話している間も、癖やセルフタッチの仕草は減っていた。
ネガティブな感情のコントロールが一段と上手くなり、気持ちの切り替えも早く、上手くなったのだろう。
それだけではない。マイケル・チャン氏に師事してからは、テニスの技術や試合運び、体力面だけでなく、メンタル面も強くなってきたといわれるが、今年の錦織には迷いが感じられない。
それがわかるのは、会見時の錦織の身体の揺れ。
昨年までは、次の試合の相手を意識すれば意識するほど、上半身は大きく前後左右に揺れ、何度となく椅子の上でお尻を動かし、座り直していた。不安、心配、不満、焦りやコンプレックス、違和感…。仕草に表れていたのは、心のどこかにひっかかったネガティブな感情だ。
ブリスベン国際の時の会見では、痛めた臀部について聞かれ、お尻を動かし身体を揺らしてから「違和感があった」と話したのも、そのためだ。
ほとんどの人は、自分の身体が揺れていることや、身体を動かしていることに気づかない。こういう仕草は、本人の意思ではどうにもできないので、その人の言葉よりもはるかに正確にその人の本当の気持ちを表していると、社会心理学者のピーター・コレットは言っている。
ついでにコレットは、本人の口から出た言葉と、相手の無意識の仕草のどちらを信じればよいかわからない時は、迷わず仕草を選択しようとも言っている。錦織の場合なら、身体の揺れが、そのまま心のもろさや感情の揺れを表していたといえるだろう。
さてこの点、今年の錦織は、次の試合について聞かれてもまっすぐ椅子に深く座り、腰を落ち着けたままなのだ。ノバク・ジョコビッチ、マレー、スタン・ワウリンカといった世界ランキング上位の選手との対戦について聞かれても、上半身が揺れることも、座り直しもない。
クズネツォフについても「やりたい選手じゃない」と言いながら、身体は動かなかった。2回戦をストレート勝ちすると、3回戦の対戦相手に「しっかり作戦を練って」と言いながら、あごをちょっとかいただけだ。
仕草や振舞いが変わったことで、腹がすわってどっしりと落ち着き、平常心を保っている。錦織の中で何がどう変わったのかは、わからない。だが“一本芯が通った”そんな印象だ。
「優勝する気で望んでいます」と、会見で腕まくりするような仕草を見せた錦織。心と身体のコンディションも意気込みも上がり調子なのだろう。今年こそ、錦織がグランドスラムで優勝するところが見られるかもしれない。