本物とフェイクの区別が曖昧になるような技術も進んでいます。とくに今注目されているのは、顔認識や音声認識技術です。
「フェイス・トゥ・フェイス」という研究があります。たとえば、トランプ氏の会見動画をコンピュータに入れるとします。
それとは別に、僕がカメラの前で唇を動かして喋ったり眉を上げ下げしたりするとします。すると会見動画の中のトランプ氏が僕の喋る顔の動きとシンクロされ合成されて、まるでトランプ氏が眉を上げ下げしているように見えるという技術です。
機械学習(※注/コンピュータが認識・分析能力を高めるために、大量のデータから“学習”すること)を用いた顔認識と形状変形技術が劇的に進化したからできることで、この技術を使えば、誰にでもなりすまして何でも好きなことを喋らせることができます。
逆に言えば、あなたが友人のAさんとインターネットでテレビ電話をしていても、リアルタイムで顔を見ながら話しているのに、目の前の画面にいる人が「本物のAさん」かどうかわからなくなるということです。
顔認識技術の進化により、昨年は人間の読唇術の専門家がコンピュータに負けるという“事件”もありました。声を出さなくても唇の動きだけで言いたいことが伝達できるようになったわけです。この技術が進めばスマホやパソコンへのアクセス方法が劇的に変わる可能性があります。
かつてはキーボードを叩いたりスマホ画面を触ったりする“物理的接触”をしなければ入力できませんでした。それが現在では音声認識技術の進歩で、スマホに喋りかければ操作できるようになりました。
でも、機械が読唇術を使えるなら、もう音声さえ必要ありません。声を出さずとも口を動かすだけで、言いたいことを理解して反応してくれるわけです。
メールも、手で打つこともせず声に出さずとも相手に届きます。まるでテレパシーのようなやりとりが可能になるのです。
いずれにしろ、これからは「何が真実か」はどうでもいい世界が来るでしょう。以前はコンピュータが「リアル」と「バーチャル」の区別をなくすと言われましたが、その発想はもう古くなりました。
世の中にはすでに「物質」と「バーチャル」の区別しかありません。そして、そのどちらも「リアル」なのです。バーチャル空間にいる素敵な女性を好きになり“結婚”して、それで幸せなら「リアル」なのです。それを止めることも、そういう人を批判することも野暮です。
私たちは、「トゥルース」と「フェイク」が曖昧な世界で、進化し続けるコンピュータと付き合っていくしかないのです。
●おちあい・よういち/1987年生まれ。筑波大学助教。メディア・アーティスト。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)認定スーパークリエータ。著書に『これからの世界をつくる仲間たちへ』『魔法の世紀』がある。
※SAPIO2017年2月号