「日本の自動車貿易は公平ではない」という批判も誤解に満ちている。日本はアメリカ車に全く関税をかけていない。日本でドイツ車が飛ぶように売れる一方でアメリカ車が売れないのは、閉鎖性の問題ではなく商品と売り方の問題なのだ。日本から昨年撤退したフォード・モーターあたりが豪腕大統領に直訴したのかもしれないが、その訴えには「真実」のかけらもない。
そもそも、成功した実業家として期待されているトランプ氏だが、これまでの言動を全部足してみると、実は彼はビジネスの知識がなく、勘だけで売ったり買ったりして運良く生き残ってきた不動産業者でしかないということがわかる。
実際、トランプ氏には成功した事業がほとんどない。たとえば、ニュージャージー州アトランティックシティーのカジノホテル「トランプ・タージマハル・カジノ&リゾート」は巨額の損失を出して昨年10月、営業を停止した。世界各地に展開しているホテル「トランプ・タワー」も、ブランドビジネスとしては成功したが、経営までうまくいっているところは少ない。航空会社「トランプ・シャトル」も、わずか3年足らずでつぶれている。
結局、今の自分のビジネスが行き詰まっているから一か八かで大統領選に出馬したのではないか、とも思えるのだ。
要するに、トランプ氏は不動産以外の製造業やICT(情報通信技術)に関してはリー・アイアコッカ時代の古い世界観から一歩も進んでいないのである。アイアコッカ氏(※)は1970年代から1990年代初めにかけてフォードの社長やクライスラーの会長を務め、大統領選出馬も噂された経営者だが、トランプ氏と同じくアメリカ人の溜飲が下がるようなことを言っただけで、ビジネスで本質的な成功を収めたとは言い難い。
【※リー・アイアコッカ/(Lido Anthony Iacocca/1924-)アメリカの実業家。リー(Lee)は通称。ペンシルベニア州生まれ。1970年フォード社長、1978年クライスラー社長などを歴任後、1992年までクライスラー社の会長兼CEOを務めた。1984年に出版された自伝(邦訳『アイアコッカ―わが闘魂の経営』)が世界的なベストセラーに】
現在のビジネスは、文字通りボーダレスだ。1980年代のレーガン革命によって「通信」「運輸」「金融」の3分野で規制が撤廃され、それらの領域でアメリカは圧倒的に強くなった。その結果、企業は世界の最適地で製品を生産し、世界のどこにでも24時間で届けることができるようになった。そういう「真実」をトランプ氏は全く知らない。21世紀のビジネス、とりわけ製造業に関する知識は幼稚園児レベルだと思う。
※週刊ポスト2017年2月17日号