◆性の問題は実はとても社会的
〈死んでも抱き合いたくないと思う相手〉は男に多いのに、結局は〈別にしなくてもよかったセックス〉を男としてしまう千景には、その無意識下の刷り込みが〈呪い〉にも思えた。
「千景は女に生まれたから女を生きている人で、特に28歳にもなるとセックスしない方が、とやかく言われる。そんなふうに一見個人的な性の問題も、実はとても社会的なものだったりします。体はともかく、心の性別に関しては、人目とか社会的装置の影響も大きいかもしれないですね」
その点、雌雄同体な生物として登場するのが、カタツムリと線虫だ。実は著者自身、薬学部時代は線虫を研究対象にし、卒論の一部が本書にも引用されている。
「線虫は基本的に1匹で繁殖し、カタツムリは交尾をする。そこは同じ雌雄同体でも、違う生き物なんです。人間だって人それぞれで、100%理解し合うなんて無理ですよね。でも好意とか優しさがあるのなら、わかり合えないことを前提に、お互いを尊重して寄り添うことはできるんじゃないかと思います」
相手に立ち入らず、他愛のない会話を続けながらも、千景とまゆ子は一緒にいた。本書ではそんな各々の思いがモノローグで交互に綴られ、大事なことは話さず、それでいて唯一無二の関係が、やがて繊細な情景描写の行間に静かな像を結ぶ。
ちなみに舞台が札幌らしいことは、央佑とカタツムリの育て方を調べに行った図書館の、〈二十一条〉というバス停が唯一匂わすだけ。まゆ子が淹れるコーヒーや日々の食事も、どこにでもありそうな生活感に満ち、どこにもない2人の関係をより愛おしく思わせるのだ。
「自分では札幌のつもりで書いていましたが、意識して舞台にしたわけではないんです。読んでくださった方それぞれに、身近な物語として感じていただけたなら嬉しいですね」
独自でありながら普遍的な物語は、心と体を巡る幾多の「?」を呑み込み、1冊の小説として胸を打つ。〈また今日も、あたしはあたしの生理現象をぶら下げて生きていくのだ〉と呟くまゆ子の諦観含みの覚悟は、ままならない性や生を生きる、誰のものでもあるのだから。
【プロフィール】はるみ・さくこ:1983年北海道生まれ。北海道大学薬学部卒。薬剤師の傍ら、2015年より小説を執筆、昨年本作で第40回すばる文学賞を受賞。「中学の頃から渾名は“さっこ”で、字形も意味合いもいい朔を筆名に使いました。呼ばれても違和感が少ないし、いいかなって」。札幌在住。「北海道以外に住んだことがないので、知らない土地を書くのはまだ難しいですね。読むのはミステリーも好きですし、書けるのであれば何でも書きたいです」。167cm、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年3月3日号