──「京女」はずっと耐えているだけなんですか?
中村:さっき言った、結婚してすぐに住んだ嵐山の家には、実は主人が前の彼女と一緒に住んでいたんです。そこに私が入ることになって、前の彼女の荷物はすべて片付けられていたはずなのに、なぜか暖簾だけが残されていたんですね。それを見るたびに前の彼女の存在が思い浮かんで不愉快なので、ふつうの女性なら引っぺがすと思います。
でも、逆に私は意地でも外しませんでした。何年間も外しませんでした。今思うと、それを見てファイトが湧いていたのかもしれません。そういう意地っ張りなところというか、芯の強さみたいなものが「京女」にはありますなあ。
──秘めたる強さがある、と。
中村:「京女」というのは、たとえば家の中でご主人と喧嘩をしていて、そこにお客さんが訪ねてくると、喧嘩をしていたことをおくびにも出さず、ニコニコしながら「こんにちは」と挨拶に出ることができるんですよ。もう瞬間的に表情を変えられる。私もそうで、主人にはよく「喧嘩しているんだから、怒った顔で出ろ」などと言われていましたよ(笑)。
面白いエピソードがありましてね、昔、ある俳優さんがロケで京都に来て旅館に泊まり、仕事に出掛けるときに「今日は帰りが遅くなりますから」と挨拶すると、女将さんに「そうどすか。お早うお帰りやす」と言われた。「いや、遅いんです」ともう一度言っても、「そうどすか。お早うお帰りやす」と言われたというんです。要するに、心にもないことを平気で口にできるのが「京女」だと(笑)。ただね、この話を裏があるという風に捉えると悪い意味になりますけれど、別の見方をすれば奥が深いとも言えるわけです。
実際、昔から都だったからか、京都には濃密な人間関係がありますな。その中で生きてきたから「京女」は奥が深いし、人間を見る目を持っているんですよ。男の人は「京女」に「かんにん」と言われて目尻を下げてちゃいけません(笑)。
【PROFILE】女優・中村玉緒(NAKAMURA Tamao)/1939年京都府京都市中京区出身。浄土真宗本願寺派の私立京都女子高等学校卒業。撮影中の映画に『一茶』(監督吉村芳之)、『DESTINY 鎌倉ものがたり』(監督山崎貴)(いずれも2017年公開)。
※SAPIO2017年4月号